Robert Duncan MacPherson|ロバート・D・マクファーソン
Robert Duncan MacPherson(ロバート・ダンカン・マクファーソン、1944年5月25日生まれ)は、米国オハイオ州レイクウッド出身の数学者で、特に代数幾何学・トポロジー・層理論・特異点理論の分野で世界的な業績を残しました。以下に彼の来歴を時系列でまとめます。
📘 ロバート・D・マクファーソンの来歴(略歴)
年 | 内容 |
---|---|
1944年 | オハイオ州レイクウッドに生まれる。 |
1966年 | スワースモア大学(Swarthmore College)卒業。 |
1970年 | ハーバード大学でPh.D.取得。指導教員:ラウル・ボット(Raoul Bott)。 |
1970年代 | ブラウン大学(Brown University)にて教鞭をとる。 |
1980年 | マーク・ゴレスキーとともに「交差ホモロジー理論(Intersection Homology)」を発表。 |
1987年 | マサチューセッツ工科大学(MIT)に移籍。以後、教授として長年研究と教育に従事。 |
1992年 | アメリカ芸術科学アカデミー会員に選出。 |
1994年 | プリンストン高等研究所(IAS)にて教授職に就任。 |
2002年 | アメリカ数学会(AMS)スティール賞(共同研究による数学的貢献)を受賞。 |
現在 | IAS名誉教授。活発な執筆・講演活動も継続中。 |
📚 主な受賞と栄誉
- アメリカ数学会 スティール賞(2002年)
Goreskyとの共同研究(交差ホモロジーの創始)に対して。 - アメリカ芸術科学アカデミー会員(1992年)
- 国際数学者会議(ICM)招待講演(1983年 ワルシャワ)
- ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(米国科学アカデミー)会員
🧠 彼の影響
マクファーソンの業績は、「特異空間の幾何学的・位相的理解」を深く進展させ、代数幾何や数理物理、表現論との接点を開拓しました。層理論、D-加群、ペルヴァス層などの圏論的手法の基礎ともなっています。
Robert Duncan MacPhersonの理論で最も知られているのは、交差ホモロジー(Intersection Homology)理論です。この理論は、特異点(singularity)を持つ空間に対してもホモロジー論の枠組みを適用できるようにするために開発されました。
🔷 交差ホモロジー(Intersection Homology)理論とは?
背景
従来の**特異点のない多様体(smooth manifold)**では、特性類やポアンカレ双対性(Poincaré duality)などの幾何的・トポロジー的な性質がうまく機能していました。しかし、**特異空間(singular spaces)**になると、それらの性質が破綻する問題がありました。
たとえば代数幾何で現れる**特異代数多様体(singular algebraic varieties)**では、通常のホモロジー理論ではポアンカレ双対性が成立しません。
MacPhersonの功績
1970年代後半に、Robert MacPhersonとMark Goreskyは、特異空間においてもポアンカレ双対性を成立させるための新しいホモロジー理論を考案しました。それが交差ホモロジーです。
🔶 交差ホモロジーの構成概略
- ペルヴァス構造(Perverse Sheaves):
- 交差ホモロジーはのちに「ペルヴァス層」の理論と密接に結びつき、層理論(sheaf theory)と同調(cohomology)との間を媒介します。
- **適切な鎖複体(Chain Complex)**の定義:
- 特異点を避ける「許容される(allowable)」な鎖だけを使って、通常の鎖複体を修正。
- 「許容性条件(perversity)」と呼ばれる関数に基づいて、どのような次元の特異部分にどれだけ「近づいてよいか」が決まります。
- ポアンカレ双対性の復元:
- 通常のホモロジーでは失われる双対性を、交差ホモロジーの文脈では復活させることができます。
🔷 関連する理論や発展
◆ MacPhersonの特性類(Chern class)
Robert MacPhersonは、特異空間に対する**Chern-Schwartz-MacPherson class(CSM類)**の定義でも知られています。
- これは特異代数多様体におけるChern類の拡張で、特性類の概念を特異点を含む空間にまで拡張したものです。
◆ 極小モデル理論や幾何学的不変量理論との関連
交差ホモロジーは、代数幾何学におけるモジュライ空間の研究や、数え上げ幾何学、不変量理論、近年のミラー対称性などにも応用されています。
🔶 交差ホモロジーの応用例
- 特異代数多様体のトポロジー的分類
- 代数幾何における特異点解析
- 表現論と幾何学(例:Kazhdan–Lusztig予想)
- String theory におけるコンパクト化空間の研究
🧠 まとめ:MacPherson理論の意義
項目 | 内容 |
---|---|
中心理論 | 交差ホモロジー(Intersection Homology) |
主な共著者 | Mark Goresky |
主な成果 | 特異空間にも適用可能なポアンカレ双対性、特性類の一般化(CSM類) |
理論的影響 | 代数幾何、トポロジー、層理論、表現論、物理学など |
層理論(Sheaf theory)、D-加群(D-modules)、ペルヴァス層(Perverse sheaves)は、現代数学の特に代数幾何・トポロジー・表現論・数理物理の融合領域で極めて重要な道具です。Robert MacPhersonの交差ホモロジーの理論は、これらすべてと深く関わります。以下、それぞれをわかりやすく整理して解説します。
🟦 1. 層理論(Sheaf Theory)
▷ 基本的な考え方
層理論とは、空間の各部分(開集合)に「局所データ」(関数、ベクトル空間、群、加群など)を割り当てて、局所から大域へのパッチワーク的構造を記述する理論です。
- たとえば開集合 U に関数の集合 F(U)を割り当てる。
- 開集合同士の包含関係に応じて「制限写像(restriction)」を備える。
- 層の定義では、局所的な情報がグローバルに一貫する(=グルーイングできる)という条件を満たす。
▷ 応用
- 代数幾何における構造層(structure sheaf)
- エタール層によるコホモロジー理論
- 層係数ホモロジー(sheaf cohomology)
🟨 2. D-加群(D-modules)
▷ 概要
D-加群とは、「微分作用素の環 D に対する加群」です。つまり、「関数に微分演算子がどう作用するか」という構造を抽象化したものです。
- D:微分作用素(たとえば ∂x や x∂x)を含む非可換環
- D-module:これらの作用を受ける対象(例えば、微分方程式の解空間)
▷ 直感的にいうと…
D-加群とは、「空間上の微分方程式の構造を圏論的に扱う枠組み」です。
▷ 応用
- 微分方程式系の解の解析
- 代数解析(Kashiwara, Sato)
- Riemann-Hilbert対応(D-加群とペルヴァス層の双対性)
🟥 3. ペルヴァス層(Perverse Sheaves)
▷ 概要
ペルヴァス層とは、交差ホモロジー理論を層論的に再構成したもので、通常の層とは異なり、**次元と特異点の複雑さに依存して「ずれた局所自由性」**をもつ層です。
▷ “Perverse”とは?
- 通常の層のコホモロジーでは階数が空間の次元と一致します。
- しかし、特異点があるときには「予想外の次元のところに情報が集中する」ことがあり、それを捉えるのが「ペルヴァス性(perversity)」です。
▷ 応用
- 交差ホモロジーの層理論的実現
- Kazhdan–Lusztig理論における既約表現の分類
- ラングランズ対応(幾何学的Langlandsプログラム)
- ミラー対称性における構造の記述
🔁 三者の関係まとめ
理論 | 概要 | 交差ホモロジーとの関係 |
---|---|---|
層理論 | 空間上の局所的データのパッチワーク | 交差ホモロジーの再構成に使用される |
D-加群 | 微分作用素が加群に与える構造 | 微分幾何・解析的性質と接続 |
ペルヴァス層 | 特異点を持つ空間における「ずれた」層構造 | 交差ホモロジーの層的モデル |
🔵 関連人物
- Masaki Kashiwara(柏原正樹):D-加群理論の創始者
- Pierre Deligne:ペルヴァス層理論の形式化に貢献
- Goresky–MacPherson:交差ホモロジーの提唱
- Beilinson–Bernstein–Deligne(BBD):ペルヴァス層のBBD定理で知られる
📌 最後に
Robert MacPhersonの理論は、トポロジーと代数幾何を「層と圏論」を通じて橋渡しするパイオニア的な役割を果たしました。彼の交差ホモロジーが、やがてペルヴァス層へと拡張され、現代数学の構造の核心へと至ったのです。