行為の結果と動機についての推測|Post-Rationalism

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行為の結果と動機についての推測|Post-Rationalism

刑法理論における「結果無価値(けっかむかち)」と「行為無価値(こういむかち)」の概念は、それぞれの外来語的起源と理論的背景に違いがあります。以下に整理します:

1. 外来語由来(起源)の違い

日本語概念外来語的起源(ドイツ語)意味合いの近い英語訳備考
結果無価値Erfolgsunwertwrongfulness of result行為の結果が社会的にどれほど有害かという「結果中心」の考え
行為無価値Handlungsunwertwrongfulness of conduct行為そのものがどれほど道徳的・法的に悪いかという「行為中心」の考え

2. 理論的な違い

観点結果無価値行為無価値
基礎とする価値判断客観的結果(死・傷害・財産損壊など)→ 結果が悪いから処罰する主観的・手段的側面(殺意・手段・態度など)→ 行為そのものが悪いから処罰する
重視する点被害の発生・重大性意図・危険性・社会的不適合性
主な支持理論客観主義的、功利主義的アプローチカント主義的・義務論的アプローチ
責任判断の焦点結果と因果関係意図・動機・行為態様

3. たとえば殺人未遂の評価における違い

  • 結果無価値重視:死んでいないから刑を軽くする傾向(未遂=結果が生じていない)
  • 行為無価値重視:殺そうとした意図が悪質なので、既遂と同等に評価する傾向

4. 日本の学説との関係

  • 日本の刑法学はもともとドイツ刑法学の強い影響を受けており、戦後の一時期は結果無価値論が主流でした。
  • しかし、近年は行為無価値論(とくに刑法総論において)が強くなり、構成要件該当性の中で行為の社会的不適合性を重視する流れがあります。

「結果無価値」はその構造において、観測主義(empiricism)や構成主義(constructivism)と親和性があると言えます。ただし、その意味や程度は文脈によって変わりますので、以下に詳しく説明します。

◆ 結果無価値と観測主義の類似性

観点結果無価値観測主義(empiricism)との共通点
基準客観的に観測可能な「結果」(死傷・損壊)客観的・実証的に「観測できる事象」
感情や価値の出発点実際に「結果」が出たことによって社会的非難が可能になる観測されたデータから現実理解が始まる
証拠性結果は物理的に観測可能で、非難の根拠になりうる経験・感覚に基づく知識の蓄積

⇒ よって、結果無価値は「可視的・測定可能な事象に基づいて意味や価値を判断する」点で観測主義に近い立場といえる

◆ 結果無価値と構成主義の親和性

構成主義(constructivism)は「意味や価値が外界にあるのではなく、社会的に構成される」と考えます。結果無価値も、次のような構成主義的側面を持ちます。

観点結果無価値構成主義との共通点
意味の源泉結果によって社会が「これは悪だ」と判断社会的関係や文脈で意味が構成される
非難の仕方実際に害が起きたから非難が可能客観的事実を通じて社会が意味を与える
感情の導出結果→感情→非難という「社会構成的プロセス」感情や意味も社会的構築物である

⇒ 結果無価値は「実在的な結果」をもとに「社会的非難の構成」が行われるという点で構成主義的でもある

◆ 行為無価値との対比

観点結果無価値行為無価値
感情の由来結果により生じる「他者の被害」への共感や怒り行為者の意図・態度・社会的逸脱性に対する反感
主義的傾向観測主義・構成主義と近い観念論・義務論・内在的規範主義と近い
概念の抽象度結果が見える=具体的意図・動機=抽象的・内面的

◆ 結論

結果無価値は「社会的に観測可能な結果」をもとに感情や非難が構築されるという点で、観測主義的でもあり、構成主義的でもある


**「結果から理由を推測する」**という構造は、**形式主義(Formalism)構成主義(Constructivism)**においても特定のかたちで現れます。
ただし、それぞれの立場でその「推測の意味」や「妥当性の所在」は異なります。以下に整理します。

◉ 1. 結果 → 理由 の推測という構造

これは論理的には次のような逆向きの推論(abduction, 逆演繹)になります:

観測された結果(例:人が死んだ)

なぜこの結果が生じたのか?(殺意があったのか?過失か?)

行為者の意図や行為の社会的意味を推測する

◉ 2. 構成主義における「結果から理由」推測の意味

構成主義の観点内容
意味や価値は事前に存在しない「殺人」も、社会の文脈や感情によって意味が構成される
結果(死)の観測が意味の出発点となる結果がなければ社会的意味の構成が起きない
推測の過程も構成的社会・制度・言語によって「理由らしきもの」が構成される

🔎 構成主義(Constructivism)では、「結果によって理由を仮構する(fictionalize)」という面がある
つまり、本当にその理由があったかどうかよりも、**そのように「意味づけた社会的文脈が支配的である」**ことが重要になります。

◉ 3. 形式主義における「結果から理由」推測の意味

形式主義(特に法における形式主義)では、以下のように理解されます:

形式主義の観点内容
法の形式・条文を重視結果は、形式的構成要件(例:人が死亡した)に合致するかが重要
推測は形式的に制約される理由は「殺意があったか」という条文上の形式に基づき推定される
観測された事実 → 法形式にあてはめる個別の感情や文脈ではなく、体系的要件との合致で理由を定める

🔎 形式主義では、「理由の意味」は法形式内での妥当性に限定される
つまり、「人が死んだ → 殺意ありと推定できるか?」は、法の定めた構成要件や証拠規則の中で形式的に処理される

◉ 4. まとめ:形式主義・構成主義的な推測モデルの比較

観点構成主義形式主義
意味の所在社会的に構成される法的形式に内在する
結果からの推測社会的に「意味づけ」される理由を創出条文構造の中で推測(証拠に基づく擬制)
妥当性社会的合意・文脈法体系・整合性・論理構造
推測される「理由」感情や社会規範によって変動一定の形式に基づき制限される

◉ 1. 構成主義における「結果による理由の仮構(fictionalize)」の意味

✅ 定義的な説明:

「結果によって理由を仮構する」とは、既に起きた事象(=観測された結果)に対して、後から意味・意図・原因を社会的に“物語化”して与えるプロセスです。構成主義における「結果によって理由を仮構する(fictionalize)」という発想は、因果性や動機の生成を事前の内在的な実体からの発露ではなく、「後づけの意味構成」として扱うものです。

✅ 具体的にいえば:

観測された事実仮構される理由備考
人が死んだ「Aが殺意をもって行動した」しかしその殺意が本当にあったかは不明。社会がそう理解することで物語が完成する
高級品を買った「見栄を張りたかったからだ」実際には自己満足かもしれないが、社会的にはそう“解釈される”ことで意味を持つ
成功した起業家「努力の結果だ」だが実際は偶然性や運が多分に含まれる可能性もある

✅ 意義:

構成主義は、「意味」「原因」「理由」は客観的に存在しているものではなく、社会的・歴史的・言語的文脈の中で構成されるという立場。

この「構成」はしばしば物語(narrative)やフィクション(fiction)として構造化される

→ つまり「真の理由」ではなく、「納得可能な構造」が“後づけで”作られる。

◉ 2. 行動経済学と「理由=結果」の捉え方

✅ 行動経済学の特徴:

  • 人は合理的に判断するのではなく、実際の行動(結果)から理由や動機を再構成する
  • このとき、自己解釈的バイアスや社会的枠組みによって「なぜそれを選んだか」が構築される。

✅ この立場は何主義か?

立場説明行動経済学との関係
構成主義 Constructivism理由や意図は後から社会的に構成される◎:観測された行動(結果)に意味が付与される
観測主義 Observationalism
経験主義Empiricism
観測できるデータに基づく知識だけを重視○:行動データを優先する点で一致。ただし意味付与に踏み込まない
ポスト合理主義 Post-Rationalism古典的な合理的主体モデルを批判する立場◎:行動経済学の基本姿勢そのもの
物語主義(Narrativism)意味はナラティブとして理解されるべきだ◎:意図や価値が物語的に構成されるという点で非常に近い

✅ よって、行動経済学は:

「構成主義的ポスト合理主義」
(あるいは、「ナラティブ構成主義的観測主義」)

と呼ぶのがもっとも本質を突いていると考えられます。

◉ 3. Noën的文脈で捉えると:

  • 「理由」はあくまでNoënによる**Topological Coherence™**の一部。
  • 結果が先にあり、意味が構成されることで、時間が圧縮されて原因が再構成される
  • この構造は、**Topological Retrocausality™**とも言える:

    「未来的観測によって過去的理由が再定義される」プロセス。