対称性、対称性の破れ、反対称、符号反転
**ヤン=ミルズ理論の「ゲージ対称性/非対称性」**と、
**反対称性や符号反転(奇関数的挙動)**の概念は、数学的にも物理的にも由来・意味が異なります。
✅ 比較:ゲージ対称性 vs 反対称性・符号反転
観点 | ゲージ対称性(ヤン=ミルズ) | 反対称性・符号反転 |
---|---|---|
由来 | 局所対称性(場の自由度の冗長性) | 幾何学的変換(空間・時間の反転、テンソル対称性) |
変換の対象 | 場の位相(U(1), SU(2), SU(3)などの群構造) | ベクトル、テンソル、関数の形 |
意味すること | 変換しても物理的観測量が変わらない(冗長な記述) | 変換して符号が変わる(奇関数)/変わらない(偶関数) |
例 | 電磁場のゲージ変換 Aμ→Aμ+∂μΛ(x) | 電場 E→−E(空間反転時)など |
対称性の破れ | 真空の構造・相互作用の非対称性(自発的対称性の破れなど) | 外的変換での非対称性(例:弱作用におけるP/T非保存) |
🔍 詳細解説
1. ゲージ対称性(Gauge Symmetry)とは?
- ヤン=ミルズ理論では、場の記述において冗長な自由度が存在する。
- 例:電磁場 Aμのゲージ変換 Aμ→Aμ+∂μΛ(x) は、物理的には同じ電場・磁場を生成。
- SU(2), SU(3)などの非可換ゲージ群を使うことで、強い・弱い相互作用も統一的に記述される。
→ ゲージ対称性は、「理論の構造自体にある不変性(記述の自由さ)」。
2. 反対称性や符号反転とは?
- これは幾何学的対称変換(空間反転P、時間反転Tなど)に対する変数の性質。
- 例:電場EはベクトルなのでPで符号が反転(P-odd)、磁場Bは擬ベクトルなのでPで不変(P-even)。
→ こちらは「外部からの変換操作に対する、変数の反応の仕方」。
✅ 由来の違いを一言で言うと:
- ゲージ対称性:
➡️ 理論内部の自由度に関する冗長性(内部対称性)
➡️ 「物理量が変わらないような、記述の仕方の自由」 - 反対称性・符号反転:
➡️ 空間・時間変換に対する変数の幾何学的応答(外部対称性)
➡️ 「変換したら符号がどう変わるかという物理量の性質」
この違いは、**「内部対称性」vs「外部(空間・時間)対称性」**として以下のようにも整理されます:
分類 | 代表例 |
---|---|
内部対称性 | ゲージ対称性(U(1), SU(2), SU(3))など |
外部対称性 | 空間反転(P)、時間反転(T)、ローレンツ変換など |
はい、おっしゃる通りで、日本語では「反対称性」と「対称性の破れ」「対称性がない」が文脈によってあいまいに、あるいは混同して使われることがあります。
ただし、物理学・数学の厳密な用語としては、それぞれ全く異なる概念です。
✅ 厳密な定義の違い(物理・数学的用語)
用語 | 意味(厳密) | 説明 |
---|---|---|
対称性がある | 変換をしても不変である | 例:パリティ変換で物理法則が不変 |
反対称性(odd parity) | 変換をすると符号が反転する | 例:f(−x) = −f(x) の関数など |
対称性がない(非対称) | 変換して規則性がない/不変でない | 例:f(−x) ≠ f(x) かつ ≠ −f(x) |
対称性の破れ(symmetry breaking) | 法則は対称でも、状態が対称でない | 例:自発的対称性の破れ(Higgsなど) |
✅ 日本語で混同されやすいパターン
① 「反対称性」を「対称性がない」と表現してしまう
- 誤用:
「このベクトルはパリティに対して対称性がない(本当は反対称)」 - 正しくは:
「このベクトルはパリティ変換で符号が変わる → 反対称性を持つ」
② 「対称性の破れ」と「元々対称性がない」の混同
- 誤用:
「弱作用は対称性がない」 - 正しくは:
「弱作用はパリティ対称性を破っている」
(理論は対称的に書けるが、相互作用は一方に偏っている)
✅ 例:空間反転に関する用語の整理
現象 | 正確な表現 | 誤解されやすい日本語表現 |
---|---|---|
電場がP変換で反転する | P反対称性(odd parity) | 対称性がない |
磁場がP変換で不変 | P対称性(even parity) | 対称性がある |
弱作用が左巻きにしか効かない | P対称性の破れ(対称性の破れ) | 対称性がない、反対称性がある |
✅ 結論
- 日本語では「対称性がない」と言ってしまうことが多いが、実際には「反対称性がある」ことが多い。
- 「反対称性」はむしろ特定の変換に対して、規則的に符号が反転する=一種の構造的対称性をもつということ。
- 一方で「対称性の破れ」は、法則レベルで対称性があるにもかかわらず、状態や解が非対称であることを指す。
英語ではこれらの概念は明確に識別されています。むしろ英語のほうが、対称性(symmetry)に関する語彙の使い分けが厳密で、学術論文や物理の教科書でも混同は基本的にありません。以下に、日本語で混同されやすい表現を英語ではどう区別しているか、体系的に整理します。
✅ 対称性に関する英語表現とその意味
概念(日本語) | 英語表現 | 意味・定義 |
---|---|---|
対称性がある | symmetric under 変換 | 変換しても物理法則・構造が不変(例:symmetric under parity) |
反対称性がある | antisymmetric under 変換 / odd parity | 変換により符号が反転する(例:f(−x) = −f(x)) |
偶関数的(対称) | even parity | 変換により変わらない(例:f(−x) = f(x)) |
対称性がない(非対称) | asymmetric | 規則的な対称性が存在しない(変換によっても不変にも反転にもならない) |
対称性の破れ | symmetry breaking | 法則自体は対称だが、解や状態が対称でない(例:spontaneous symmetry breaking) |
✅ 具体的な使われ方の例
◉ Symmetric vs Antisymmetric
The electromagnetic Lagrangian is symmetric under parity,
but the electric field transforms as an **antisymmetric** vector under spatial inversion.
→ 法則(ラグランジアン)は対称でも、ベクトルの符号は反転するという正確な区別。
◉ Symmetry vs Symmetry breaking
The weak interaction exhibits **parity symmetry breaking**.
→ 「弱い相互作用はパリティ対称性を破っている(=対称性がない)」という意味。
◉ Even / Odd Parity
Wavefunctions can be classified by their behavior under spatial inversion:
**even parity** (ψ(−x) = ψ(x)) and **odd parity** (ψ(−x) = −ψ(x)).
→ 波動関数の分類において、「偶パリティ」「奇パリティ」という区別が厳密。
✅ 英語では混同されない理由
- 「対称性(symmetry)」は法則や系の不変性を指す
- 「(反)対称性(even/odd, symmetric/antisymmetric)」は量や関数の変換性質を指す
- 「対称性の破れ(symmetry breaking)」は法則が対称でも、真空や状態が非対称な場合を指す
このように、英語では文脈ごとに**対象(law or state?)、変換(space? time? gauge?)、変化(odd? even?)**を厳密に分けています。
✅ 結論
- 英語では「symmetric」「antisymmetric」「asymmetric」「symmetry breaking」などが明確に区別されており、混同されません。
- 一方、日本語では「対称性がある・ない」「反対称」「対称性が破れる」などが文脈によりあいまいに使われることが多い。
- 理解や表現の正確性を高めるためには、英語の区別に倣うことが有効です。
「ゲージ対称性」と「反対称性・符号反転(幾何学的対称性)」は、物理学の異なる源流から発展してきました。以下に、それぞれの歴史的背景・思想の出発点・数理的発展を比較。
✅ 全体構造
観点 | ゲージ対称性(Gauge Symmetry) | 反対称性・符号反転(Geometric Symmetry) |
---|---|---|
出発点 | 冗長な自由度をもつ場の理論 | 空間・時間・座標変換に対する不変性の研究 |
哲学的背景 | 「観測される物理量だけが意味を持つ」 | 「自然は幾何的な対称性を反映する」 |
数学的基盤 | 群論、ファイバー束、接続、リー群 | 座標変換、テンソル解析、関数の偶奇性 |
起源時期 | 1918年(ヴァイル)、1954年(ヤン=ミルズ) | 17〜19世紀:ガリレオ、ニュートン → 20世紀に一般化 |
主な発展者 | ヘルマン・ヴァイル、ヤン、ミルズ、ファインマン | ガリレオ、ニュートン、ローレンツ、パウリ、ウィグナー |
🧭 1. 反対称性・符号反転(幾何学的対称性)の歴史
◉ 17〜19世紀:古典力学における空間・時間対称性
- ガリレオ(Galileo):慣性の法則 → 空間の等価性
- ニュートン(Newton):時間の一様性 → 時間平行移動の対称性
- ラグランジュ、ハミルトン:変分原理による運動方程式 → 対称性と保存則(Noetherの先駆け)
◉ 20世紀初頭:相対論とローレンツ対称性
- ローレンツ変換による時間と空間の統一(特殊相対性理論)
- パリティ(P)、時間反転(T)、チャージ共役(C)といった外部対称変換が体系化される
◉ 1950年代以降:対称性の破れとCP/T非保存
- 弱い相互作用でのパリティの破れ(1956年、李・楊)
- さらにCP非保存(1964年、Cronin & Fitch) → 幾何学的対称性は絶対的ではないことが判明
🧭 2. ゲージ対称性の歴史
◉ 1918年:ヘルマン・ヴァイル(Hermann Weyl)
- 最初の「ゲージ理論」:**長さの局所的再定義(スケール変換)**を導入
- この試みは一般相対論との統合を目指すも失敗
→ ただしこの考えが、のちの**位相の局所変換(U(1))**に繋がる
◉ 1920〜30年代:量子力学の成立
- 電磁場 AμA_\mu を導入することで、シュレディンガー方程式をU(1)局所対称性で記述
- ゲージ変換 ψ→eiθ(x)ψ\psi \to e^{i\theta(x)} \psi に対して、物理量が不変であることが要請される
◉ 1954年:ヤン=ミルズ理論(Yang–Mills)
- 非可換ゲージ群(SU(2)など)を導入した場の理論(量子色力学QCDや弱作用の基礎)
- この時点で「ゲージ対称性 = 冗長な記述」という視点が確立
◉ 1960〜80年代:標準模型の構築
- SU(3)×SU(2)×U(1)のゲージ理論として、**全ての基本相互作用(重力以外)**が統一
- ゲージ対称性の**自発的破れ(Higgs機構)**が重要な役割を果たす
🧠 哲学的視点の違い
種類 | 哲学的含意 |
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幾何学的対称性 | 「自然界は空間・時間に対して根本的に対称的であるべきだ」 |
ゲージ対称性 | 「自然法則の記述には冗長性があるが、観測可能量は不変であるべき」 |
- 幾何学的対称性は「空間的な美しさ・調和」に基づく
- ゲージ対称性は「物理量の記述の選び方は自由であってよい」という、やや抽象的で形式的な視点
✅ 総まとめ(語源・思想・数理・展開)
比較項目 | ゲージ対称性 | 反対称性・符号反転 |
---|---|---|
出発点 | 場の自由度に対する冗長性の認識 | 空間・時間の変換に対する物理量の応答 |
初出 | ヴァイル(1918)、ヤン・ミルズ(1954) | 古典力学(ガリレオ)、パリティ(20世紀初頭) |
数学的基礎 | ファイバー束・リー群・接続 | テンソル解析・座標変換・偶奇関数 |
意義 | 観測不変性(冗長性)→標準模型 | 幾何構造と自然法則の普遍性 |
現代的応用 | 標準模型、超弦理論、トポロジカル場理論など | 対称性の破れ、暗黒物質・宇宙論など |