パリティ対称性とは|Parity Symmetry 空間反転対称性 P対称性
パリティ対称性(Parity symmetry、P対称性、)とは、「空間反転対称性(Space inversion symmetry, inversion symmetry)」とも呼ばれ、物理現象が空間座標のすべての軸を原点を中心に反転(\[\vec{x}\rightarrow -\vec{x}\])したときにも変化しない、あるいは同じ物理法則が成り立つという対称性を指します。
1. パリティ対称性とは何か?
パリティ対称性とは、空間の座標系を鏡に映すように、3次元座標をすべて反転(符号をマイナスに変換)する操作を行ったときに、物理法則が不変(変化しない)という性質のことです。
- 数式的には、空間座標 (x,y,z) を (-x,-y,-z) に置き換える操作です。
- もしある物理系が、この空間反転操作に対して不変ならば、「パリティが保存される」と言います。
- 一方、空間反転をして物理法則が変化する場合は、「パリティ対称性が破れている」と表現します。
2. なぜパリティ対称性が重要なのか?
パリティ対称性は、古典物理学の多くの分野で暗黙的に成り立っていると考えられていました。例えば、ニュートン力学や電磁気学のマクスウェル方程式は、パリティ操作で全く同じ形を保ちます。
しかし、素粒子物理学の分野では、この「当然に成り立つ」とされていたパリティ対称性が破れていることが発見され、大きな注目を浴びました。この発見は、物理学における基本的な前提を覆す画期的な出来事でした。
3. パリティ対称性の歴史的成立過程
パリティ対称性の概念は、量子力学と素粒子物理学が発展する1930年代以降に明確化されました。
(1) 初期:古典物理学からの流れ
- 古典物理学では、運動方程式や電磁場の方程式は空間反転に対して自然に不変であるため、物理法則はパリティ対称性を持つと信じられていました。
(2) 量子力学の発展とパリティの定式化(1920年代〜1930年代)
- 量子力学が確立される中で、1927年にユージン・ウィグナーが量子力学的な対称性としてパリティ変換を数学的に定義しました。
- この過程でパリティは、物理法則における基本的な「対称操作」としての地位を確立しました。
(3) 素粒子物理学でのパリティ対称性(1940年代〜1950年代)
- 第二次世界大戦後、素粒子物理学が急速に発展しました。当時、強い相互作用(核力)と電磁相互作用については、パリティ対称性は自明に成立するとみなされていました。
- しかし1950年代には、弱い相互作用(放射性崩壊を起こす力)について疑問が生じました。
4. パリティ対称性の破れの発見(1956〜1957年)
1956年に李政道(T.D. Lee)と楊振寧(C.N. Yang)が、弱い相互作用について「パリティ対称性が破れている可能性」を理論的に指摘しました。
- 1957年には、実験物理学者の呉健雄(C.S. Wu)が、コバルト60原子核のベータ崩壊実験(呉の実験)を通じて、このパリティ対称性が弱い相互作用で破れていることを明確に実証しました。
- これにより、弱い相互作用においてパリティは保存されないことが決定的となり、この事実は「パリティの非保存(Parity Violation)」として物理学史に大きく記録されました。
- この功績により李政道と楊振寧は1957年のノーベル物理学賞を受賞しました(呉健雄は惜しくもノーベル賞を逃しましたが、その貢献は歴史的に高く評価されています)。
5. パリティ対称性破れの現代的理解
現代の素粒子物理学においては、標準模型(Standard Model)として知られる枠組みで、弱い相互作用が「左巻き(左手型)の粒子にだけ作用する」というカイラリティ(chirality:粒子の回転方向による区別)の性質が原因で、パリティ対称性が破れていると理解されています。
さらに、パリティ対称性はその後「CP対称性(荷電共役+パリティ)」という、より包括的な対称性の研究につながり、現在の物理学における重要な対称性の研究対象となっています。
6. まとめ:歴史的意義と現在の位置づけ
- 古典物理・量子力学初期:パリティは暗黙の了解。
- 1956〜57年の発見:弱い相互作用でパリティ破れ発見 → 物理学の根底を覆す出来事。
- 現代:素粒子標準模型の一部として、パリティ非保存は「当然の現象」と認識。
パリティ対称性は、物理学の基本的な仮定に対する再検討を促し、現代物理学の理解を深めるきっかけとなった重要な概念です。
結論(まとめ)
概念 | 定義 | P変換での変化 | 備考 |
---|---|---|---|
キラリティ | 右巻き/左巻き性。ディラックスピノルの成分(γ⁵演算子)で定義 | 変化しない(不変) | スカラー的性質(ローレンツスカラー)。CPで反転することが多い。 |
ヘリシティ | 運動量方向に対するスピンの向き(±1) | 反転する | 運動量が反転するため(p → −p)、スピンが同じなら符号が変わる |
- キラリティ:Pで変わらないが、相互作用が左右非対称 → パリティ対称性が破れている(例:弱作用)
- ヘリシティ:Pで反転する、でも観測される過程がP対称なら問題なし
1. キラリティ(Chirality)とは?
キラリティとは、素粒子が持つ内在的な性質であり、粒子を「左手型 (Left-handed)」「右手型 (Right-handed)」という2つの独立したカテゴリに分類するための量子数です。
- キラリティは、質量がゼロの場合に粒子の「スピンの向き」と「運動量の向き」によって定義されますが、粒子に質量がある場合は複雑になり、「内在的な性質」として理論的に定義されます。
- 素粒子標準模型では、左巻き粒子(左手型)と右巻き粒子(右手型)が明確に区別され、弱い相互作用は左手型粒子にのみ作用します(このためパリティ対称性が破れる原因になります)。
キラリティに対するパリティ操作の影響:
- 空間を反転させると、粒子の「右巻き」と「左巻き」の性質が逆転します。
- よって、パリティ操作でキラリティの符号が逆転します。
Left-handed ←Parity→ Right-handed
つまり、キラリティはパリティの下で反転します。
2. ヘリシティ(Helicity)とは?
ヘリシティとは、粒子の運動量(移動方向)とスピン方向の関係で定義される量で、「粒子が運動する方向に対してスピンがどちらを向いているか」を表しています。
- ヘリシティの定義は明快で、運動量方向に対するスピンの射影として表現されます。
- ヘリシティは、以下のように定義されます。
- 粒子の進行方向とスピン方向が同じならヘリシティは正(右巻き:right-handed helicity)、逆方向ならヘリシティは負(左巻き:left-handed helicity)となります。
ヘリシティに対するパリティ操作の影響:
- 空間反転をすると、粒子の運動量ベクトル vec{p} は反転しますが、スピン vec{S} は空間座標に関係なく固有の性質として不変(正確には疑似ベクトルであるため、正確な意味では向きが変化しますが、運動量とスピンの相対的な方向関係が反転することが重要)です。
- その結果、ヘリシティの符号が反転します。
h →Parity→ −h
つまり、ヘリシティもパリティの下で反転します。
3. キラリティとヘリシティの違いと関連性
概念 | 特徴 | 粒子の質量がある場合 |
---|---|---|
キラリティ | 内在的性質、粒子を分類する理論的な概念 | 質量があると一定でない(運動状態で変化) |
ヘリシティ | 測定可能な運動方向とスピンの相対関係 | 質量がある場合は観測者によって変化 |
- 質量がゼロの場合(光子、ニュートリノなど仮想的な場合も含め)には、ヘリシティとキラリティは完全に一致します。
- 質量がある粒子(電子など)の場合は、ヘリシティは観測者により変化する可能性があり、キラリティは理論的に内在的な量であるため、運動状態や観測者の基準系に依存しない分類として使われます。
4. パリティ対称性が破れる状況(弱い相互作用)
- キラリティ・ヘリシティはパリティ操作で反転しますが、これは弱い相互作用(放射性崩壊を起こす力)についてパリティ対称性が「破れている」原因の一つです。
- 標準模型の弱い相互作用は「左巻き(ヘリシティ)キラリティの粒子」のみと結合するため、パリティ操作に対して非対称です。この非対称性こそが、素粒子物理学におけるパリティ対称性破れの原因となっています。
まとめ
- キラリティもヘリシティも、パリティ操作で符号が反転します(パリティ対象)。
- 弱い相互作用では、キラリティの一方だけが相互作用を受けるため、パリティ対称性が破れる現象が起きます。
- 「対称である」という表現は「符号が不変」という意味ではなく、ここでは「反転する性質がある」ということを意味します。パリティ操作に対して不変な(符号が変わらない)量だけが「パリティ不変」と言えます。
これにより、キラリティとヘリシティは明確にパリティに対して「対象(反転する量)」であり、パリティ対称性を考える際の重要な要素となっています。
1. 「左巻き」の2つの意味
物理学でよく使われる「左巻き (left-handed)」という言葉には、2つの概念が混在しています:
- 左巻きキラリティ (left-handed chirality)
- 粒子の理論的な内在性質。質量の有無にかかわらず、粒子を理論的に「右手型」と「左手型」の二つに分類する性質。
- 左巻きヘリシティ (left-handed helicity)
- 粒子の運動量に対するスピンの方向で定義される物理的に観測可能な性質。スピンが運動方向と逆を向いている場合に負の値(左巻き)になる。
2. キラリティとヘリシティの関係性
キラリティとヘリシティは似ていますが、粒子の質量がある場合、同一ではありません。
- 質量ゼロの粒子(光子など)
- キラリティとヘリシティは完全に一致します。
- 「左巻きキラリティ」は必ず「左巻きヘリシティ」です。
- 質量がある粒子(電子やミュー粒子など)
- キラリティとヘリシティは一致しません。
- 「左巻きキラリティ」を持つ粒子は、「左巻きヘリシティ」になることもあれば、「右巻きヘリシティ」になることもあります。
- 観測者が運動速度を変えると、ヘリシティが変わる可能性がありますが、キラリティは変わりません。
3. 「左巻き粒子」と呼ぶときの慣習(標準模型での使われ方)
素粒子標準模型では、「左巻き粒にのみ弱い相互作用が作用する」とよく言われますが、この場合の「左巻き」は「キラリティ」を指しています。
- 標準模型での「左巻き粒子」とは:
- 「左巻きキラリティ(left-handed chirality)」の粒子のことを指します。
- 必ずしも「左巻きヘリシティ(left-handed helicity)」であるとは限りません(質量がある場合は観測系に依存)。
したがって、標準模型においては通常:
「左巻き粒子」=「左巻きキラリティを持つ粒子」
という意味になります。
4. 分かりやすい整理(質量あり vs 質量ゼロ)
粒子の質量 | 左巻きキラリティと左巻きヘリシティの関係 |
---|---|
質量ゼロ (m=0) | 完全に一致(左巻きキラリティ=左巻きヘリシティ) |
質量あり (m>0) | 一致しない。キラリティは一定だが、ヘリシティは観測者によって変わる |
5. 具体例
- ニュートリノ(ほぼ質量ゼロ)
- 標準模型におけるニュートリノは「左巻きキラリティ」かつ「左巻きヘリシティ」です。
- 電子(質量あり)
- 「左巻きキラリティ」を持っていても、実験室系(観測者の系)によっては右巻きヘリシティになることがあります。
- 「右巻きキラリティ」を持つ電子も存在しますが、それらは弱い相互作用に参加しません(標準模型)。
6. 結論
- 「左巻き」という用語が指す意味によりますが、標準模型で一般的に「左巻き粒子」と言った場合は「左巻きキラリティ」を指します。
- ただし、質量がゼロの場合に限り、「左巻きキラリティ」は必ず「左巻きヘリシティ」でもあります。
- 質量がある場合には、「左巻きキラリティ」でも「左巻きヘリシティ」とは限りません。
つまり、厳密な表現では:
「左巻き」は通常「左巻きキラリティ」を指し、これは必ずしも「左巻きヘリシティ」を意味するわけではない。
ということになります。