GAASの完成

たかが肉の切れ端を見ただけで、それが食べた時にうまいかどうかなんて、どんなにたくさんの品種の、たくさんの部位の肉を見ても一般的な消費者は識別できるようにならないが、世界一の、最高に状態の良いシャトーブリアンをもし見た場合、たった200gを見ただけで、どのような味がして、どの程度火をかけて食べれば最高の味になるかはもう知ってしまっている。まるで、過去を思い出すかのように未来を思い出すのだ。
凡庸な羊毛のたった10cm四方の布のサンプルを何百枚触ったところで、自分にとって最高のスーツがなんなのであるか、どのようにオーダーすれば良いかは到底思いつくことはないが、世界最高のメリノウールのたった一片に触れてしまうと、全くファッションを知らない人であってもどのようにオーダーすれば良いか手に取るようにわかるだろう。未来はすでにある程度の柔軟性を持って、現在に表現されているのだ。
本物に触れた時、今まで体験してきていた似通ったものが、定義の違う別のものであったということを知ることができる瞬間がある。
かの彫刻家は「石には運命がある」と言った。彫るべき石を、店で見かけたり、街で見かけたり、アトリエで見かけた時には、一瞬触れただけで、その石がどのように彫られるべきかの意志を持っていることに気づくことができる。物質にはそれぞれの限界があり、それぞれの行き着く収束地があり、それはむやみやたらな創意工夫や独創的なアイデアによって見つかるものではなく、彫刻家は何もせず、ただ単に石の中に潜んでいる形が表に出てくるのを静かに手伝ってあげれば良いだけなのだ。「私が大理石を彫刻する時、着想を持たない。石自体がすでに彫るべき形の限界を定めているからだ。私の手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ」
本当に自分が求めているものが、微かな重力波とともに遠くの時空から近くに手繰り寄せられているとき、そのメッセージのほんの片鱗に触れるだけでもそれが自分の人生に必要なものだということは手に取るようにわかる。本当にお腹がすいたと望む朝には牛丼とスムージーが玄関まで届くことだってある。世の中は普遍的なルールと共に、ルールという対称性を破る力が共存しており、それは時折不思議な力として目の前に現れる。目の前に訪れる奇跡のような現象が、思い込みなのか、それとも真の偶然の産物であるかどうかは、ルールを知った上でないと認知することはできない。学習の真の価値は、ルールを知ることにより、ルールを時折逸脱するアノマリーを認知できるようになることにある。
私は2020年から4年に渡りGAASを完成させた。なぜ新規事業が味わい深いか?それは、意志を持っているからだ。新たに世に生まれ、育っていく事業には魂がある。連綿と受け継がれた歴史の土台の上にしか、新規事業は成り立たない。新規事業を育てるルールはあるが、ルールを超える力を適切に用いていくことなしに、存続を許されることはない。いつその例外の力を用いるべきなのか、それは風が教えてくれる。タナークが新規事業を始める時、着想を持ってはならない。その事業の魂自体が、すでに完成されるべき事業の限界を定めており、最終形はすでに定められている。そして、その形は完成と共に、過去と未来を引き連れて、新たな形にうごめき変化していく。我々にできる唯一の役割は、あるべき形に至るまでの過程が時空の中から手繰り寄せられるのを、見届けるだけなのだ。
Decrypt the history, encrypt the future(歴史を解読し、未来を暗号化する)は2017年11月29日に設置したタナークのvisionであったが、7年後の2024年11月29日に完成したように思われた。偶然の日付の一致は何かを意味しているように思えてならない。
2024年11月29日
TANAAKK創業者
田中翔一朗