Strongly Correlated System|強相関系
強相関系(きょうそうかんけい、Strongly Correlated System)とは、物理学、特に凝縮系物理学の分野で、電子同士の相互作用(クーロン相互作用など)が無視できないほど強く、**従来のバンド理論(独立電子近似)**では記述できない物質系のことを指します。
【概要】
通常、金属や半導体の電子の運動は「自由電子模型」や「バンド理論」で説明できますが、電子同士のクーロン反発が非常に強い場合、電子が互いの存在を強く意識するようになり、次のような非自明な現象が現れます:
【代表的な現象】
現象 | 説明 |
---|---|
モット絶縁体(Mott Insulator) | バンド理論上は金属になるはずが、強い電子間反発で絶縁体になる |
高温超伝導 | 銅酸化物などで見られる常温に近い超伝導現象。強相関が関与するとされる |
重い電子系(金属) | 電子の有効質量が数十〜千倍になる異常金属状態。f電子系に多い |
異常ホール効果 | 通常のホール効果と異なる温度依存性や符号反転が起こる |
量子スピン液体 | 磁気秩序ができず、量子もつれのまま液体のような振る舞いをする状態 |
【理論的背景】
強相関系は、以下のようなモデルで理論的に研究されます:
- ハバード模型(Hubbard model):最も基本的な強相関電子系モデル
- \[H = -t \sum_{\langle i,j \rangle,\sigma} (c^\dagger_{i\sigma} c_{j\sigma} + h.c.) + U \sum_i n_{i\uparrow} n_{i\downarrow}H=−t⟨i,j⟩,σ∑(ciσ†cjσ+h.c.)+Ui∑ni↑ni↓\]
- t: ホッピング項(隣接サイトへの移動)
- U: 同一サイト内のクーロン反発
- t-J模型:ハバード模型の極限として導出される、超伝導の研究に使われる
- アンダーソン模型:局在電子と伝導電子の混成を見る(重い電子系など)
【主な応用・材料系】
- 高温超伝導体(銅酸化物、鉄系超伝導体)
- 重い電子系(セリウム・ウラン化合物)
- トポロジカル物質(強相関を伴う量子スピンホール効果など)
- モットトランジスタ、量子コンピュータ材料(トポロジカル量子ビットなど)
【なぜ重要か】
- 現代物理・材料科学において、ノーベル賞級の現象が頻繁に現れる
- 通常の理論では予測不可能な新しい状態相が存在
- 量子情報、エネルギー変換、次世代エレクトロニクスに応用が期待される
強相関系の歴史は、物性物理の中核的な進化の系譜と深く関わっており、多くのノーベル賞級の発見がこの分野から生まれています。以下に、歴史的流れと代表的なノーベル賞を含めて解説します。
🧭 強相関系の歴史的な発展
① 初期:バンド理論の限界とモット絶縁体(1930〜1950年代)
- 金属と絶縁体の違いはバンド理論(Bloch理論)で説明されてきたが、遷移金属酸化物(例:NiO)は半分バンドが埋まっていても絶縁体になるという観測が出てきた。
- 👉 ネビル・モット(Nevill Mott)が「電子の相互作用が重要である」とし、「モット絶縁体」の概念を提唱(1949年頃)。
🏆 ノーベル賞
- ネビル・モット(1977年ノーベル物理学賞) 強相関に基づく金属絶縁体転移の先駆的研究に対して。
② 量子スピンと強磁性・反強磁性(1950〜1960年代)
- ハイゼンベルク模型やアンダーソンのスピン液体など、電子スピン間の量子力学的な相関に着目した研究が進展。
- **アンダーソン局在(1958)**もこの系譜に位置づけられる。
🏆 ノーベル賞
- フィリップ・アンダーソン(1977年ノーベル物理学賞) 不規則系における電子の局在化理論(アンダーソン局在)により。
③ 高温超伝導の発見(1986年)
- 従来のBCS理論では説明できないほど高い温度(90K超)での超伝導が銅酸化物で発見され、電子の強い反発が鍵であることがわかる。
🏆 ノーベル賞
- ベドノルツ & ミュラー(1987年ノーベル物理学賞) 高温超伝導(銅酸化物)の発見。強相関系物質の超伝導。
④ 重い電子系・Kondo効果(1980〜1990年代)
- f電子を持つ元素(Ce、Yb、Uなど)では、非常に重い有効質量の電子が出現し、コンドー格子模型やフェルミ液体理論の拡張が必要に。
- 強相関により生まれる**異常金属状態(non-Fermi liquid)**も注目された。
⑤ 量子臨界点と非フェルミ液体(1990年代〜現在)
- ある種の強相関系では、**絶対零度での相転移点(量子臨界点)**が存在し、そこから高温にまで影響が及ぶ。
- 高温超伝導の「擬ギャップ状態」などもこの文脈で議論される。
⑥ 強相関系とトポロジーの融合(2000年代〜)
- 強相関とトポロジカル物性が融合したトポロジカル量子スピン液体やトポロジカル絶縁体 with strong interactionが理論・実験両面で注目。
- 量子情報・スピントロニクスなどとの関連が深まっている。
🏅 ノーベル賞に関わる主要トピックまとめ
年 | 受賞者 | 研究テーマ | 強相関との関連 |
---|---|---|---|
1977 | モット / アンダーソン / ファン・フェルデン | モット絶縁体、電子の局在化 | 強相関の起源理論 |
1987 | ベドノルツ & ミュラー | 高温超伝導 | 強相関が引き起こす新現象 |
1998 | ラフリン / ストームヤー / ツイー | 分数量子ホール効果 | 強相関が新しい準粒子を生む |
2016 | ハルデン / ケイテル / クラスターリッツ | トポロジカル相と相転移 | 強相関とトポロジーの接続 |
2021 | クラウス・ハッセルマンら | 気候系の複雑性(非平衡系) | 間接的に強相関系の統計力学に応用 |
📌 補足:現在も未解決な問題
- 高温超伝導の発現機構
- 量子スピン液体の直接観測
- 多体局在(MBL)と情報保存の関係
- 強相関+トポロジカル相の安定条件
- 室温超伝導体の発見
✍️ 要約
強相関系とは、電子の相互作用を無視できない物質系であり、金属・絶縁体・超伝導といった状態の根本的な理解を問い直すものである。バンド理論の限界から始まり、モット絶縁体、高温超伝導、重い電子系、トポロジカル物質など、20世紀〜21世紀のノーベル賞物理学賞の中心的課題を多く含む。現代物理と次世代技術の境界を開拓している最前線分野のひとつである。
「電子の振る舞いが根本的に変わる」のが強相関系の本質です。
通常の金属や半導体では「電子はほぼ自由」に振る舞いますが、強相関系では電子が電子を強く“意識する”ようになるため、まるで別の物質かのような状態**が出現します。
🔁 通常系 vs 強相関系の電子の違い(概念的な比較)
項目 | 通常の金属(弱相関) | 強相関系 |
---|---|---|
理論 | バンド理論、自由電子模型 | ハバード模型、DMFTなど |
電子の動き | 独立に動く(フェルミ粒子) | 互いを強く避けながら動く |
振る舞い | 伝導、スピンなどが予測可能 | 絶縁体化、重い電子、異常金属など不可解な挙動 |
相互作用 UU | 無視できる(U≪t) | 支配的(U≫t) |
結果 | 金属・半導体 | モット絶縁体、量子スピン液体、高温超伝導など |
📌 電子の振る舞いの「変化」の具体例
① モット絶縁体
- バンド的には「半分充填=金属」のはずなのに、
- 電子同士の反発 UU が大きすぎて、電子が動けなくなる(局在)
- 結果:金属のはずが絶縁体に!
② 高温超伝導
- 通常の超伝導は「電子ペア(クーパー対)」がフォノンで結合される
- 強相関系では電子同士の斥力の中からペアが生まれる(逆に!)
- 結果:100K近い高温でも抵抗ゼロ
③ 重い電子(金属)
- CeやUなどのf電子が、自由電子と混成して強相関になる
- 結果:有効質量が100〜1000倍の電子が現れる → 熱容量、磁化が異常に大きい
⚙️ モデル的に見ると…
ハバード模型(最も単純な強相関モデル)では、
\[H = -t \sum_{\langle i,j \rangle,\sigma} (c^\dagger_{i\sigma} c_{j\sigma} + h.c.) + U \sum_i n_{i\uparrow} n_{i\downarrow}\]- t:電子がサイト間を動く(自由な振る舞い)
- U:同じサイトに2電子入るときのエネルギー(反発)
このとき:
- U≪t:電子は自由に動く → 金属
- U≫t:2重占有を避けるために動けない → 絶縁体
つまり、電子の振る舞いが「自由→閉じ込め」へと劇的に変化します。
🧬 直感的な比喩
- 弱相関系:広いダンスフロアで皆が自由に踊っている状態
- 強相関系:混み合っていて、他人とぶつからないように踊る → 全員の動きが相互に依存
✅ 結論
強相関系では、電子は孤立した粒子としては振る舞えず、他の電子との相互作用によって、
その質量・スピン・移動性・状態全体が変質する。
電子の「自己性」が崩れ、**多体相関(many-body correlation)**が支配的になる世界です。
強相関系になるためには、物質内部の電子に**「自由に動くためのエネルギー」よりも「互いに避け合う力(クーロン反発)」が支配的になる条件が必要です。そのための物性条件や環境条件**は次のようになります。
🔬【物性条件】——物質そのものが持つ特徴
1. 狭いバンド幅(narrow bandwidth)
- 伝導バンドの幅 WW が狭いと、電子は動きにくくなる
- W∼2zt:ホッピングエネルギー t が小さいとバンドが狭くなる
- → 局在化しやすい ⇒ 相関効果が顕在化
📌 例:3d軌道(Ti, V, Cuなど)は5dやs軌道よりバンドが狭い
2. 大きなクーロン反発エネルギー(U)
- 同じ原子軌道上に2つの電子がいると、強い反発エネルギー UU がかかる
- U/W≫1 のとき、電子が互いを避けて局在化
- 強相関条件:相関比 U/W≳1
3. 部分的に充填されたd軌道・f軌道
- 3d、4f、5f軌道は空間的に狭く、電子の重なりが大きい → UU 大
- また、これらの軌道ではスピン・軌道相互作用も大きく、相関が複雑になる
📌 例:Cu(銅酸化物)、Ce, Yb, U(重い電子系)
4. 低次元構造(1Dや2D)
- 空間次元が低いと、電子が動ける経路が限られ、相互作用の影響が強くなる
- 特に2Dハバード模型は高温超伝導の基本モデルとして有名
📌 例:CuO₂平面を持つ銅酸化物超伝導体は典型的な2次元強相関系
5. 局在性の強い結晶構造(例:蜂の巣格子、カゴメ格子)
- 幾何学的フラストレーションや不規則構造により、電子が秩序的に動けない
- スピン液体や異常金属の母体になりやすい
🌡️【環境条件】——外部環境による変化
1. 低温(T ≪ W, U)
- 熱ゆらぎが小さいほど、電子相関の量子効果が顕著になる
- 多体的秩序(スピン秩序・超伝導・スピン液体など)が出やすくなる
2. 高圧
- 原子間距離が縮まり、バンド幅 W が広がる
- → 強相関 → 弱相関に変わる場合も
- 逆に特定の距離で相関が最大になる物質もある(例:V₂O₃)
📌 圧力を変えて金属化や絶縁化を制御する実験が盛ん
3. キャリア濃度の変化(ドーピング)
- 電子数を変えることで、相関の強さや秩序状態が変化
- 典型例:銅酸化物のドーピングで絶縁体→超伝導体へ
4. 外部磁場・電場
- スピン構造やホール伝導が変化
- 異常ホール効果、量子臨界点の出現などが見られる
📊 まとめ表
分類 | 条件 | 説明 |
---|---|---|
バンド幅 | 狭い WW | 電子が動きにくくなる |
クーロン反発 | 大きい UU | 電子が互いに避け合う |
軌道 | 3d, 4f, 5f軌道 | 相関が強い電子軌道 |
次元 | 低次元(1D/2D) | 相関効果が強調される |
構造 | フラストレーション格子 | スピン秩序が生まれにくい |
温度 | 低温 | 熱ゆらぎが抑えられる |
圧力 | 高圧 | バンド幅が変化 |
ドーピング | 電子・ホールの注入 | 相転移を引き起こす |
✅ 結論
強相関系は、物質の電子構造・結晶構造・外部環境の微妙なバランスで成立します。
特に「電子が自由に動くのを妨げる条件」が強いほど、相関効果が顕著になります。
この結果、金属・絶縁体・超伝導体などの「常識」が通用しない新しい物性が出現するのです。
銅酸化物(Cu系)と鉄系(Fe系)超伝導体はどちらも強相関電子系として知られていますが、電子構造・相関の性質・超伝導の発現機構において重要な違いがあります。さらに、近年のトポロジカル物質は、強相関との融合が新しい物性の源として注目されています。
🔵【銅酸化物 vs 鉄系超伝導体:強相関の違い】
項目 | 銅酸化物超伝導体(Cu系) | 鉄系超伝導体(Fe系) |
---|---|---|
発見年 | 1986(ベドノルツ & ミュラー) | 2008(LaFeAsO₁₋ₓFₓ) |
代表元素 | Cu(銅) | Fe(鉄) |
結晶構造 | CuO₂面(2次元) | FeAs層やFeSe層(準2次元) |
母物質 | モット絶縁体 | スピン密度波金属(SDW) |
相関の強さ | 非常に強い U/W≫1U/W \gg 1 | 中程度 U/W∼1U/W \sim 1 |
ドーピング効果 | モット絶縁体→超伝導体へ | SDW秩序が崩れて超伝導出現 |
フェルミ面 | 1つの単純なホールバンド | 多バンド(ホール+電子)構造 |
超伝導ギャップ | dx2−y2d_{x^2 – y^2}波(ノードあり) | s±s^\pm波(サイン反転型)と予想される |
主な理論 | ハバード模型, t-J模型 | 5バンドハバード模型, RPAなど |
強相関の本質 | 電子の局在と反強磁性揺らぎ | 多軌道効果とスピン・軌道・格子の競合 |
✅ 銅酸化物(Cu系)の特徴
- モット絶縁体をドーピングすると超伝導になるという典型的な強相関の系。
- 高温でも量子スピン揺らぎが残存し、擬ギャップやストレンジメタルなど非フェルミ液体的現象が見られる。
- 電子が一つの2D面(CuO₂)で強く相関する。
✅ 鉄系超伝導体(Fe系)の特徴
- 親物質は金属だが、スピン密度波(SDW)秩序を持つ。これは弱い相関モデルでは説明が難しい。
- 多バンド構造と軌道自由度の存在が重要で、相関は中程度。
- ただし、FeSeなどでは非常に強い相関(準モット絶縁体的)を示す例もある。
🧭【トポロジカル物質における強相関の効果】
近年注目されているのは、**「トポロジー × 強相関」**という新しいクラスです。
① トポロジカル絶縁体 (Topological Insulator)
- バルクは絶縁体だが、エッジ(表面)にトポロジカルに保護された導電状態がある
- 通常は非相関系(例:Bi₂Se₃など)
- しかし、f電子系(SmB₆)や3d系では強相関の影響が強くなる
→ 相関によってエッジ状態の性質が変わる・消える・新しく出現する
② トポロジカルKondo絶縁体(例:SmB₆)
- Kondo効果により電子が局在化+ハイブリダイズ
- 結果:バルク絶縁体+表面金属
- 実験的にも量子スピンホール的なエッジ伝導が確認されつつある
③ トポロジカル量子スピン液体
- 長距離秩序のない状態ながら、トポロジカルに保護された量子もつれが存在
- **フェルミオン化したスピン(スピノン)**が出現する
- Kitaev模型のような理論モデルが提案され、α-RuCl₃ などで探索中
④ トポロジカル超伝導体
- マヨラナ準粒子が出現するなど、量子計算にも応用可能
- 強相関が非自明なトポロジカル相を安定化する例が増えている
🧩 まとめ
比較軸 | 銅酸化物 | 鉄系超伝導体 | トポロジカル×強相関 |
---|---|---|---|
相関強度 | 非常に強い | 中程度〜強 | 可変(設計可能) |
相転移の出発点 | モット絶縁体 | スピン密度波金属 | 拡張されたフェルミ液体 or Kondo絶縁体 |
駆動力 | スピン反強磁性 | 多軌道・格子競合 | 拡張ヒルベルト空間での位相効果 |
応用展望 | 高温超伝導 | 多バンド工学 | 量子コンピューティング、スピントロニクス |
✅ 結論
銅酸化物は「電子相関そのもの」が超伝導の源泉であるのに対し、鉄系は「軌道・スピン・格子の競合構造に相関が付加された状態」。
トポロジカル物質では、強相関が“量子幾何”や“エッジ状態”と結びつき、新しい準粒子や物性を生み出す方向へ進化している。
それぞれ、強相関の働き方が異なるが、いずれも既存理論の限界を突破する物質として、現代物理の最前線に位置している。