HEK293細胞|Human Embryonic Kidney 293
Human Embryonic Kidney 293(HEK293)細胞とは、ヒト胎児の腎臓細胞に由来する培養細胞株です。1973年にオランダの科学者、アレックス・ファン・デル・エブ(Alex van der Eb)によって単離され、その後、フランク・グラハム(Frank Graham)によってヒトアデノウイルス5型のDNA断片を用いて形質転換されました。
🌿 HEK293細胞の特徴
- 由来細胞:
ヒト胎児腎臓の細胞(HEK = Human Embryonic Kidney)をベースに、ウイルス遺伝子導入により樹立されました。 - 形質転換:
ヒトアデノウイルス5型のDNA断片により不死化(無限増殖可能な細胞へ変換)されています。 - 増殖能力が高い:
培養が容易で増殖速度が速く、実験室での大量培養が可能です。 - 遺伝子導入効率が高い:
外来遺伝子を導入しやすく、組換えタンパク質の生産に広く使用されています。 - 安定性・信頼性:
長期間安定して維持でき、再現性が高いことが評価されています。
🧬 HEK293細胞の主な用途
HEK293細胞は、基礎研究から医薬品開発にいたるまで幅広く用いられます:
- 組換えタンパク質の生産:
抗体医薬品、ワクチン、酵素、治療用タンパク質の製造など。 - ウイルスベクターの作製:
遺伝子治療に利用されるアデノウイルスベクターやレンチウイルスベクターの生産。 - 薬剤スクリーニング:
医薬品の候補物質の活性試験に使用されます。 - 受容体やイオンチャネルの研究:
GPCR(Gタンパク質共役型受容体)やイオンチャネル研究でのモデル細胞として利用されています。
💡 HEK293細胞の利点と課題
✔️ 利点
- ヒト細胞由来で、実際のヒト体内の反応に近い結果を得やすい。
- 成長が速く、培養条件が比較的容易である。
- 遺伝子導入効率が高く、タンパク質発現効率も高い。
⚠️ 課題
- もともと腎臓由来ですが、腎臓特有の性質を多く失っており、腎臓研究に使用するには不向き。
- がん細胞ではありませんが、アデノウイルス遺伝子による形質転換で腫瘍性(不死化)を持つため、安全性の問題が議論されることがあります。
🌐 倫理的背景
HEK293細胞はヒト胎児由来のため、その起源に関して倫理的な議論が存在します。特に一部の宗教団体や倫理委員会は、胎児細胞の利用に懸念を示しています。ただ、科学界では一般に、医療や生命科学研究において重要な役割を果たしていることから、広く使用されています。
🚀 主な応用事例
- 新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの一部に使用されたウイルスベクター製造(例:アストラゼネカワクチンのベクター開発)。
- 抗体医薬品や遺伝子治療薬の製造プロセスでの組換えタンパク質の生産。
HEK293細胞は、現代のバイオテクノロジー、特に遺伝子工学において重要であり、基礎研究・応用研究ともに不可欠な役割を担っています。