時間反転対称性|Time-Reversal Symmetry, T対称性

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時間反転対称性|Time-Reversal Symmetry, T対称性

時間反転対称性(Time-Reversal Symmetry, T対称性)とは、物理法則が時間を逆転しても同じ形式で成り立つという性質である。簡単に言えば、ある現象を時間的に逆再生した映像を見ても、物理法則がそのまま通用しているように見えることを指す。

以下、その歴史的成立過程を詳述する。

1. 古典物理学での起源(17〜19世紀)

時間反転対称性の起源は、ニュートン力学の成立に遡る。ニュートン方程式(F=ma)は、時間を反転させても形を変えずに成り立つ。すなわち、ニュートン方程式の解の時間を逆向きにしても、再び同じ方程式を満たすことができる。

特に、19世紀のラグランジュ力学(1788年頃)やハミルトン力学(1834年頃)の成立により、力学系の対称性(特に時間反転対称性)は数学的に明確化された。

2. 熱力学と「時間の矢」(19世紀後半)

古典力学は時間反転対称性を完全に満たすが、19世紀後半に成立した熱力学はこれと異なる性質を示した。特に、エントロピー増大則は時間の一方向性(過去→未来)を示すものであり、時間反転に対して非対称な初めての例となった。

ボルツマンは1872年頃、エントロピーの統計的な性質を分析し、時間反転対称性を局所的・微視的に考えると成立する一方、巨視的な視点では非対称(エントロピー増加の方向性)が現れることを示した。この結果、「時間の矢」という概念が導入された。

3. 電磁気学とMaxwell方程式(19世紀末)

マクスウェル(1865年)は電磁場を記述する一連の方程式を導いた。真空中のマクスウェル方程式は時間反転対称性を満たすが、実際の物理過程(電磁波の放射、吸収)ではエネルギー散逸があり、ここでも熱力学的非対称性が絡むことが明らかとなった。

4. 量子力学と時間反転対称性の確立(20世紀前半)

20世紀初頭、量子力学の形成とともに時間反転対称性は再度、重要なテーマとなった。1927年頃、シュレーディンガー方程式は古典力学と同様に時間反転に対称であることが明確化された。しかし、量子現象の測定行為(観測による波動関数の収縮)に伴う非可逆性が明確化され、再び微妙な問題となった。

1931年、ユージン・ウィグナーは時間反転対称性を数学的に定義した演算子として定式化し、量子力学におけるT演算子を導入した。ウィグナーの定式化により、量子系の時間反転対称性は演算子レベルで厳密に取り扱えるようになった。

5. CP対称性の破れと時間反転対称性の問題(20世紀後半)

1956年、パリティ(P)対称性が弱い相互作用で破れていることがリー・ヤン(李政道)とヤン・チェンニン(楊振寧)により予測され、実験的に確認された(1957年、呉健雄のβ崩壊実験)。1964年には、CP対称性(粒子・反粒子変換と空間反転の組み合わせ)の破れが中性K中間子崩壊において発見された(クローニンとフィッチ)。

CPT定理(ルーダースとパウリによる1950年代の証明)により、ローレンツ不変性や因果律を保持した量子場の理論では、CPTという3つの操作(粒子・反粒子変換、空間反転、時間反転)を同時に適用すると必ず対称性が成立するとされている。そのため、CP対称性が破れたということは、理論的にはT対称性(時間反転対称性)も破れていることを示唆するものであった。

その後、1990年代後半〜2000年代、B中間子崩壊を使った実験(BABAR実験、Belle実験)でT対称性の直接的な破れが観測され、時間反転対称性の破れが実証的に確定した。

6. 現代的解釈と宇宙論への影響(21世紀)

現在では、素粒子レベルでは弱い相互作用が原因で時間反転対称性は微弱ながら破れていることが確定している。一方、ほとんどの基本的な物理法則(ニュートン力学、電磁気学、量子力学の基本方程式)は依然として時間反転対称性を持っている。

この微小な破れは宇宙論において重要であり、物質・反物質の非対称性(バリオン非対称性)の起源として広く考えられている。

まとめ(歴史的成立過程の要約)

時期内容特記事項
17-19世紀古典力学(ニュートン力学、ラグランジュ力学、ハミルトン力学)で初めて明確に定義完全に対称
19世紀後半熱力学の登場により「時間の矢」が問題化巨視的非対称性の初登場
1865年頃Maxwell方程式が時間反転対称性を満たすが、現象的には非対称が見られることが明確化エネルギー散逸との関連
1927年以降量子力学でT対称性の数学的定義(ウィグナー)基本的には対称だが測定過程で非対称性
1964年CP対称性の破れ発見(中性K中間子)間接的にT対称性の破れを示唆
1990年代以降B中間子実験(Belle/BABAR)により、直接T対称性の破れを実験的に確認T対称性破れの最終的確証
21世紀宇宙論的解釈の進展(バリオン非対称性)T対称性破れの意義