Monodromy|モノドロミー
モノドロミー(monodromy)という概念の歴史は、19世紀の複素関数論の発展とともに始まり、20世紀の代数幾何、微分方程式論、トポロジー、さらには現代物理学にまで広がっていきます。
🕰 モノドロミーの歴史的展開
🔹 1. ガウスとリーマン(19世紀前半〜中頃)
- カール・フリードリッヒ・ガウス(Carl F. Gauss):
- 超幾何関数(Hypergeometric function)の研究を通じて、多価関数の特異点や分岐について考察。
- ベルンハルト・リーマン(Bernhard Riemann):
- リーマン面の概念を導入し、多価関数を「幾何的に解消」する手法を確立。
- このとき、分岐点のまわりで解析接続したときにどう変化するかという考えが登場。これがモノドロミーの原型。
✅ この段階でのモノドロミーは、「関数が一周して元に戻るかどうか」に関する性質。
🔹 2. ピュイゼュー、フックス、パパン(19世紀後半)
- ラザール・フックス(L. Fuchs):
- 正則微分方程式における特異点の分類を行い、フックス型微分方程式を導入。
- ここで、特異点を一周したときの解の線形変換=モノドロミー行列が明確に登場。
- ジュール・ピュイゼュー(Puiseux):
- アルゲブラ的関数の級数展開(ピュイゼュー級数)とその分岐構造を研究。
- モノドロミー群(monodromy group)という言葉もこの頃に登場しはじめる。
🔹 3. ピカールとパンルヴェ(20世紀初頭)
- エミール・ピカール(Émile Picard)とポール・パンルヴェ(Paul Painlevé):
- 非線形微分方程式とそのモノドロミーの関係を研究。
- パンルヴェ方程式の解析では、モノドロミー保存変形(isomonodromic deformation)が重要になる。
🔹 4. グロタンディーク、デリーニュら(20世紀後半)
- アレクサンドル・グロタンディーク(Grothendieck):
- 代数幾何の世界で、エタール基本群やモノドロミー表現という概念を抽象的に定式化。
- 幾何的ファイバーの「連続的な変形」におけるモノドロミーの役割が明示される。
- ピエール・デリーニュ(Deligne):
- リーマン–ヒルベルト対応(微分方程式と局所系の対応)を理論化し、モノドロミーがその中心概念となる。
🔹 5. 現代(21世紀)
- ミラー理論、弦理論、モチーフ理論、p進Hodge理論などの現代数学・物理でも、モノドロミーは中心的役割を果たす。
- 例:ミラー対称性では、カラビ・ヤウ多様体のモノドロミーが変換対称性に深く関与。
- 例:ブラックホールの準正規モードにもモノドロミーが用いられる。
🧠 モノドロミーの重要性
- 「局所的な情報(特異点や周囲)からグローバルな挙動を知る」手段
- 数学と物理の両方にまたがる深い概念
- 単なる「回り方の変化」から、「表現論」「幾何学」「量子場理論」へと展開
🗂 補足:語源
- 「monodromy」の語源はギリシャ語:
- monos(単一の)+ dromos(走る、道)
- → 「一周したときにどうなるか」という意味が込められている。