ヴァイユ予想|Weil conjectures
ヴァイユ予想(Weil conjectures)は、数論幾何(Arithmetic Geometry特に有限体上の代数多様体)の研究における重要な予想群で、アンドレ・ヴァイユ(André Weil)によって1949年に提出されました。これらの予想は、有限体上の代数多様体に関する「局所ゼータ関数」の性質を予想するもので、後に20世紀後半の数学(特にエタール・コホモロジーや代数幾何、トポロジー、表現論など)の発展に決定的な影響を与えました。
🔷 ヴァイユ予想の背景と定式化
ゼータ関数は文脈によって多くの種類がありますが、一般に「数列や空間の構造を解析的にエンコードする関数」です。ここでは、いくつか代表的なゼータ関数の定義を整理しつつ、特に「代数幾何におけるヴァイユのゼータ関数」の定義に焦点を当てて解説します。
🔷 1. 一般的なゼータ関数の例
✅ リーマンゼータ関数(解析数論の古典的定義)
\[\zeta(s) = \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s} \quad \text{(Re}(s) > 1)\]また、素数を使ったオイラー積表示もあります:
\[ \zeta(s) = \prod_{p \text{ prime}} \left(1 – \frac{1}{p^s}\right)^{-1}\]🔸 ゼータ関数の定義
有限体 Fq 上の代数多様体 X に対して、各 N について Fqn 上の点の数を Nn = Xとし、
\[Z(X, t) = \exp\left( \sum_{n=1}^\infty \frac{N_n}{n} t^n \right)\]という形式的べき級数で定義される関数が「ヴァイユのゼータ関数」です。
🔷 ヴァイユ予想
ヴァイユはこのゼータ関数に以下の性質を予想しました(当時はまだ証明されていなかった):
- (有理性) Z(X, t)は有理関数、すなわち
の形に書ける。ただし Pi(t) は整数係数の多項式。
- (ファンクター的性質) ヴァイユのゼータ関数は、位相的なエタール・コホモロジー群 Hi を用いて表現される(後に証明された結果)。
- (類似リーマン予想) 各 $P_i(t)$ の根は、絶対値 $q^{-i/2}$ を持つ複素数である。
- (べき変換不変性/ポアンカレ双対性) 対応するゼータ関数は、次元に応じた関係式 Z(X,q−dt−1)=±qdχ/2tχZ(X,t)Z(X, q^{-d}t^{-1}) = \pm q^{d\chi/2} t^{\chi} Z(X, t) を満たす。ただし $d$ は次元、$\chi$ はオイラー数。
🔷 解法の流れ(歴史的経緯)
年代 | 解決された予想 | 貢献者 |
---|---|---|
1954 | 有理性 | Dwork(ドヴォーク) |
1960s | コホモロジーによる解釈 | グロタンディーク(エタール・コホモロジーを導入) |
1974 | リーマン予想型の主張(最後) | ドリーニュ(Pierre Deligne) |
🔷 解法の概要
🔸 ステップ1:Dworkによる有理性の証明(p進解析)
- p進解析(Dwork cohomology)を使って、ゼータ関数が形式的な指数関数として始まるにも関わらず、有理関数であることを証明。
- この時点で予想1は証明された。
🔸 ステップ2:グロタンディークによるコホモロジー理論の構築
- ヴァイユの予想を幾何的かつホモロジー論的に扱うため、エタール・コホモロジーという新たな理論を構築。
- ゼータ関数がエタール・コホモロジー群 $H^i_{\text{ét}}$ のトレースとフロベニウス作用素により表現されることを示した。
🔸 ステップ3:ドリーニュによるリーマン予想の証明(1974)
- 最も難しかった「類似リーマン予想」部分を証明。
- エタール・コホモロジーの中でフロベニウス作用素の固有値が、予想された絶対値を持つことを示した。
- 複雑な導来圏、ウェイトの理論、スキームの変形を駆使。
🔷 ヴァイユ予想の意義
- ヴァイユ予想の解決によって、数論と代数幾何の深い統一が実現された。
- グロタンディーク、ドリーニュなどによる技術の発展は、その後の「ラングランズ計画」や「モチーフの理論」にも直結。
- ドリーニュはこの功績で1988年にフィールズ賞を受賞。
🔷 まとめ:ヴァイユ予想とその解法(図)
有限体上の代数多様体 X
↓
点の個数 N_n によるゼータ関数 Z(X, t) の定義
↓
[ヴァイユの予想群]
① 有理性(Dwork)
② コホモロジーでの表現(Grothendieck)
③ フロベニウスの固有値の絶対値(Deligne)
④ ポアンカレ双対性・対称性(全体を通して成立)
最終解決:1974年(Deligne)
**Arithmetic Geometry(算術幾何)とAlgebraic Geometry(代数幾何)**は密接に関連していますが、焦点や目的が異なる分野です。
🔷 Algebraic Geometry(代数幾何)
✅ 主な関心
- 代数方程式の幾何的な解の構造を研究する分野
- 基本的には 代数閉体(例:複素数体 $\mathbb{C}$)の上での研究
✅ 研究対象
- スキーム(一般化された多様体)
- 多様体(代数的曲線、曲面、3次元体など)
- 特異点、因子、層、コホモロジーなど
✅ 例
- $\mathbb{C}$ 上の楕円曲線 $y^2 = x^3 + ax + b$
- 射影空間上の代数曲線の分類
- グロタンディークのスキーム理論
✅ 目的
- 幾何的性質(次元、滑らかさ、特異点、モジュライ空間など)の理解
- 一般の体上での多様体の構造理論
🔷 Arithmetic Geometry(算術幾何)
✅ 主な関心
- 整数や数体上の代数方程式の解を研究する
- つまり、代数幾何の技術を使って「数論的対象」を扱う
✅ 研究対象
- 有限体 $\mathbb{F}_q$ や整数環 $\mathbb{Z}$ の上のスキーム
- 数体の整数環上で定義された代数多様体
- ガロア表現、エタール・コホモロジー、モチーフ
✅ 例
- 有限体上の楕円曲線の点の個数(ヴァイユ予想)
- $\mathbb{Q}$ 上の楕円曲線の有理点(モーデル予想、BSD予想)
- Fermat方程式の整数解(ワイルズの定理)
✅ 目的
- 代数方程式の整数解・有理数解の分布・存在を理解
- ガロア群・L関数・保型形式との対応関係を明らかにする(ラングランズ計画など)
🔸 対比まとめ
項目 | Algebraic Geometry | Arithmetic Geometry |
---|---|---|
目的 | 幾何的構造の理解 | 数論的構造の理解 |
基礎体 | 主に $\mathbb{C}$ や代数閉体 | $\mathbb{Q}, \mathbb{Z}, \mathbb{F}_p$ など |
対象 | 多様体、層、特異点など | 整数解、有理点、L関数、ガロア表現 |
例 | 多様体の分類、モジュライ空間 | BSD予想、フェルマーの最終定理、ヴァイユ予想 |
手法 | 層論、導来圏、スキーム論など | 上記+ガロア理論、p進解析、保型形式など |
🔸 つながり(補足)
- Arithmetic Geometry ⊂ Algebraic Geometry の応用分野の1つ
- グロタンディークやドリーニュ、ファルティングス、ワイルズは、代数幾何の手法を用いて数論の難問を解決しました。
- 特に「スキーム理論・エタールコホモロジー・モチーフ」は、両分野をつなぐ架け橋です。
現代の算術幾何における主要トピック(例:p進Hodge理論、モチーフ理論、ラングランズ)」