Wick Rotation|ウィック回転
**ウィック回転(Wick Rotation)**とは、物理学(特に場の量子論や統計力学)において用いられる数学的なテクニックで、簡単に言えば「実時間と虚時間を入れ替える操作」です。
① 定義と本質
ウィック回転とは、実時間 t を純虚数時間 τ\tau に変換することを指します: t→τ=it
ここで、i は虚数単位(i2=−1)です。
- 実時間(Real time)
通常の物理現象で用いる、私たちが体感する通常の時間。 - 虚時間(Imaginary time)
実時間に虚数単位 ii を掛けたもの。直接体感・観測可能な物理量ではなく、数学的・理論的な解析に用いる概念です。
② ウィック回転をする目的
ウィック回転は、「問題を解きやすくする」ことを主目的に行われます。
- 場の量子論や量子力学の「時間発展」を表す式(経路積分など)は、実時間で扱うと非常に複雑(発散したり、積分が収束しない)になる場合があります。
- そこで、ウィック回転で虚時間に変換すると、数学的に非常に簡単になります。
- 虚時間にした後の積分は、発散が抑えられて収束しやすくなり、計算可能になります。
③ 使用される分野と代表的な例
場の量子論(Quantum Field Theory)
- 量子場理論における経路積分(Path Integral)を虚時間に置き換えることで、計算が収束し、明確な数値的・解析的結果が得られる。
- 虚時間を用いた理論を ユークリッド場の理論(Euclidean Quantum Field Theory) と呼びます。
統計力学(Statistical Mechanics)
- 虚時間での量子場理論は統計力学と直接的に関係します。
- 虚時間を逆温度(τ∼1/kT\tau \sim 1/kT)として再解釈すると、量子論と統計力学の橋渡しが可能になります。
ブラックホール物理学(Black Hole Physics)
- ブラックホールの熱力学を考える際、ホーキング放射の導出に虚時間が使われます。
- 虚時間でブラックホールの解を考えることで、ブラックホールのエントロピーや温度が自然に導出されます。
④ 名前の由来
- ジャン・カルロ・ウィック(Gian-Carlo Wick, 1909–1992)
にちなんで名付けられています。彼は1954年にこの方法を初めて明示的に提唱しました。
⑤ 物理的な意味と直観的イメージ
- 虚時間は観測できる物理的な時間ではなく、数学的道具として用いられます。
- 実時間における時間発展(oscillation、振動)が虚時間では指数関数的な収束(減衰)に変わり、数値計算・理論解析が格段に容易になります。
まとめ
項目 | 内容 |
---|---|
英語 | Wick Rotation |
提唱者 | Gian-Carlo Wick (1954年頃) |
定義 | 実時間 tt を虚時間 τ=it\tau = i t に変換 |
目的 | 計算の簡略化、積分の収束 |
主な応用分野 | 場の量子論、統計力学、ブラックホール熱力学 |
結論
ウィック回転は、「実時間の物理」を数学的に扱いやすい「虚時間の物理」に変換する、強力で本質的な物理・数学的手法です。
虚数時間方向にウィック回転(Wick rotation)する目的は、主に物理理論において解析を容易にし、数学的な取り扱いを明快にすることにあります。具体的には以下のような目的があります:
1. ミンコフスキー空間(物理的時空)からユークリッド空間への移行
- 時間変数を実時間(real time)から虚時間(imaginary time)へと変換することで、ミンコフスキー時空(符号:(-,+,+,+))からユークリッド時空(符号:(+, +, +, +))へと移行します。
- これにより、時間次元を空間次元と同様に扱えるため、数学的な対称性が高まり、計算が簡単になります。
2. 振動的な積分(Oscillatory integral)を収束性の良い指数関数積分へ変換
- 量子力学や量子場理論において、元々の経路積分(path integral)は複雑で振動的(oscillatory)であり、収束性に乏しく扱いづらい性質を持ちます。
- ウィック回転によって、積分の位相因子($e^{iS}$)を指数減衰因子($e^{-S_E}$)に変換でき、収束性が向上します。ここで、$S$は作用、$S_E$はユークリッド作用です。
3. 統計力学と量子力学の対応の明確化
- 虚時間方向のウィック回転を導入することにより、量子論における時間発展作用素($e^{-iHt}$)が統計力学における分配関数($e^{-\beta H}$)に対応する構造となります。
- この対応関係を通じて、有限温度場の理論(finite-temperature field theory)を解析しやすくなります。
4. 数値計算・非摂動解析を容易にするため
- 非摂動論的な数値解析(例:格子QCD)などのシミュレーションにおいても、ウィック回転をすることで実時間における不安定な計算を回避し、安定で収束しやすいユークリッド時空上でのシミュレーションを行えます。