Dirac equation|ディラック方程式

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Dirac equation|ディラック方程式

  • 重要性:量子力学と相対性理論を結合した方程式で、反物質の予言につながった。
  • ディラック方程式(Dirac equation)は、イギリスの物理学者ポール・ディラック(Paul Dirac)が1928年に導出した相対論的な量子力学方程式です。電子のようなスピン1/2を持つフェルミ粒子の挙動を記述し、量子力学と特殊相対性理論を整合的に統合した重要な理論です。

ポール・ディラック(Paul Adrien Maurice Dirac)

  • 生年月日:1902年8月8日
  • 出生地:イギリス・ブリストル(Bristol)
  • 没年月日:1984年10月20日(アメリカ・フロリダ州タラハシー)

ディラック方程式の発表について

  • 発表年:1928年
  • 発表場所:イギリス・ケンブリッジ大学
    (ディラックは当時ケンブリッジ大学の研究員であり、論文発表も主にケンブリッジを拠点に行われました)

ディラックは、1933年にシュレーディンガーとともに「原子理論の新たな生産的形式の発見」によりノーベル物理学賞を受賞しています。

ディラック方程式の概要

ディラック方程式は以下のように書けます: \[(i\hbar \gamma^\mu \partial_\mu – mc)\psi = 0\]

  • ψ\psi は4成分スピノル(Dirac spinor)で、粒子の状態を表します。
  • mは粒子の質量。
  • cは光速。
  • ℏ\hbar は換算プランク定数。
  • γμ\gamma^\mu はディラックのガンマ行列であり、特殊相対性理論でのローレンツ対称性を満たすために必要な数学的対象です。
  • μ\partial_\mu は時空の偏微分演算子
  • \[(\partial_\mu = \frac{\partial}{\partial x^\mu}​)\]

なぜディラック方程式が重要なのか?

ディラック方程式が物理学の歴史で重要な理由は以下の通りです:

① 相対論的量子力学の導入

それまでのシュレーディンガー方程式やクライン・ゴルドン方程式にはない、電子のスピンという量子数を自然に説明し、粒子がスピン1/2を持つことを予言しました。

② 陽電子(反粒子)の予言

ディラック方程式は負のエネルギー解を持つことが知られ、これは後に陽電子(電子の反粒子)の存在を理論的に予測する根拠となりました。実際に1932年、陽電子が発見され、反粒子の存在が実証されました。

③ 素粒子物理学の基礎

ディラック方程式は後の場の量子論(Quantum Field Theory)の土台となり、量子電磁力学(QED)を含む、素粒子物理学の発展に大きな役割を果たしています。

ディラック方程式とガンマ行列(γμ\gamma^\muγμ)

ガンマ行列(γμ\gamma^\muγμ)は、ディラック方程式の中核を成す数学的道具であり、クリフォード代数を満たします:

\[ \{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} = \gamma^\mu \gamma^\nu + \gamma^\nu \gamma^\mu = 2\eta^{\mu\nu}I\]

ここで、ημν\eta^{\mu\nu} はミンコフスキー計量テンソル(時空の計量)です。

具体的には標準表現(Dirac表現)でのガンマ行列は以下のような行列で与えられます:

\[\gamma^0 = \begin{pmatrix} I & 0 \\ 0 & -I \end{pmatrix}, \quad \gamma^i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma^i \\ -\sigma^i & 0 \end{pmatrix}\]

i\sigma^i はパウリ行列で、i=1,2,3に対応します)

ディラック方程式から得られる知見

ディラック方程式は次のような結果を与えます:

  • 電子のスピン(固有の量子角運動量)の存在
  • スピンと磁気モーメントの関係の予言(ジロマグネティック比 g=2g=2g=2)
  • 電子の負のエネルギー状態を理論的に示唆し、反粒子の存在を予言

現代物理学におけるディラック方程式の位置付け

現代では、ディラック方程式そのものは量子場理論において場の演算子方程式として取り入れられ、素粒子物理学において電子・ミューオン・クォークなどの基本粒子の基礎的な記述として利用されています。また、物性物理学においても「ディラック電子」などが研究され、グラフェンの電子状態やトポロジカル絶縁体などで重要な役割を果たしています。


ディラック方程式に基づいて推定された原子番号の限界はおよそ137(正確には約137)であり、「ディラックの137」として知られています。この値は、原子核の電荷(陽子の数)が137前後を超えると、原子核近傍での電子の束縛エネルギーが電子の静止エネルギー(511 keV)に匹敵し、真空中での電子・陽電子ペア生成が起こりやすくなるという理論的限界に由来します。

一方で、量子電磁力学(QED)を含めた精密な計算によると、この臨界値は約173〜174前後になると考えられています。これは、QEDにおける真空偏極効果(Vacuum polarization effect)などを考慮した結果、137という単純な計算値からより高い原子番号まで安定に電子を束縛できることが示唆されたためです。

なぜ「137」と「174」の違いが生じるのか?

  • ディラック方程式だけのシンプルな解釈(相対論的量子力学)では、電子のエネルギーが負になり電子・陽電子の対生成が生じる境界が約137で現れます。この137という数字は、純粋にファインストラクチャー定数(微細構造定数 α≈1/137.036)の逆数に由来します。
  • 一方、QEDのより精密な理論では、真空偏極による電荷遮蔽効果や電子の自己エネルギー補正などが働き、電子の束縛がより安定化されます。そのため、理論上の原子核電荷の限界は約173〜174まで上昇するのです。

結論として整理すると:

理論原子番号限界理由・根拠
ディラック方程式(相対論的量子力学)約137電子のエネルギーが負となり、ペア生成が始まる境界(微細構造定数 α\alpha に起因)
量子電磁力学(QED)約173〜174真空偏極などの量子効果を考慮し、より安定な状態が実現

実際には、実験でこれほど高い原子番号の元素は未だ合成されておらず(2024年現在、実験的には原子番号118番までが確認済み)、理論的予測のみの世界です。ただ、これらの限界値(137と174)の差異は、素粒子物理学や原子核物理学の重要な理論的問題として広く認識されています。