量子論の成立|黒体放射と紫外線破綻

量子論の成立|黒体放射と紫外線破綻
量子論は、19世紀末の古典物理学の危機を契機に生まれた理論であり、特に黒体放射の問題(紫外線破綻)がその出発点となった。以下に、その発展を時系列で解説する。
1. 黒体放射と古典物理学の破綻(19世紀末)
(1)黒体放射とは?
- 黒体:全ての波長の光を完全に吸収し、温度に応じた電磁波を放射する理想的な物体。
- 放射スペクトルの特徴:
- 低温では赤外線を主に放射
- 温度が上がるにつれ、可視光や紫外線領域にシフト
- 実験では、短波長(高エネルギー)で放射強度が減衰する。
(2)古典物理学による説明の試み
① ウィーンの放射法則(1896年, Wilhelm Wien)
- 経験則として、短波長側のスペクトルを説明する法則を提案:
- I(\lambda, T) = a \lambda^{-5} e^{-b/\lambda T}
- 短波長(高エネルギー)ではよく合うが、長波長(低エネルギー)で実験と合わない。
② レイリー・ジーンズの法則(1900年, Rayleigh & Jeans)
- 古典電磁気学と熱力学に基づく導出:
- I(\lambda, T) = \frac{2ckT}{\lambda^4}
- 問題点(紫外線破綻):
- 短波長(高エネルギー)で放射強度が無限大に発散。
- 実験結果と大きく矛盾。
- これを「紫外線破綻(Ultraviolet Catastrophe)」と呼ぶ。
2. プランクの量子仮説(1900年)
(1)マックス・プランクの黒体放射の法則
- 紫外線破綻を解決するために新しい仮説を提案
- エネルギーの量子化を導入
- 物質が放射・吸収するエネルギーは 連続ではなく、離散的な「量子」として振る舞う と仮定。
- エネルギー量子の式: E=hν (hはプランク定数, νは振動数)
- プランクの放射法則(1900年12月発表)
- I(\lambda, T) = \frac{2hc^2}{\lambda^5} \frac{1}{e^{hc/(\lambda kT)} – 1}
- 成功:
- 長波長(低エネルギー)ではレイリー・ジーンズの法則に一致。
- 短波長(高エネルギー)では指数関数によって放射強度が適切に抑制され、紫外線破綻を解決。
(2)プランク自身の迷い
- 当初、プランク自身は「エネルギーの量子化」を単なる数学的な仮定として考え、深い物理的意味を認めていなかった。
3. 光量子仮説とアインシュタインの登場(1905年)
(1)光電効果と量子仮説
- アインシュタイン(1905年) は、プランクの仮説をさらに発展させ、光そのものが粒子(光子)として振る舞うことを提唱。
- 光電効果の実験(Hertz, Lenard)
- 光を金属に当てると電子が飛び出す現象。
- 古典物理学では「光の強さを増せば、どんな波長でも電子が飛び出す」と予測。
- しかし、実験では「ある特定の振動数(閾値)以上の光でなければ電子は放出されなかった」
- アインシュタインの説明: E=hν−ϕE = h\nu – \phiE=hν−ϕ (ϕ\phiϕ は仕事関数)
- 光が波ではなく「粒子」として振る舞う必要がある ことを示唆。
(2)反響と実験的検証
- 当初、光の粒子説は異端視された(波動説に反するため)。
- しかし、1921年にアインシュタインは光電効果の説明によりノーベル物理学賞を受賞。
4. 量子力学の確立(1920~1930年代)
(1)ボーアの水素原子モデル(1913年)
- ニールス・ボーアは、電子が特定のエネルギー準位に存在し、量子化された軌道を持つと提唱。
(2)量子力学の数学的定式化
年代 | 科学者 | 貢献 |
---|---|---|
1924年 | ルイ・ド・ブロイ | **電子の波動性(物質波)**を提唱 |
1925年 | ハイゼンベルク | 行列力学 による量子論を提唱 |
1926年 | シュレーディンガー | 波動方程式(シュレーディンガー方程式) を導出 |
1927年 | ハイゼンベルク | 不確定性原理 を提唱 |
(3)量子力学の完成
- 1930年代には、ディラック(Paul Dirac)による相対論的量子力学の発展や、フェルミ統計・ボーズ統計の確立 により、量子力学は完成した。
5. 量子論の影響と現代物理学への展開
(1)量子力学の応用
- 半導体(トランジスタ)
- レーザー技術
- 量子コンピュータ
- 超伝導
(2)統一理論の模索
- 現在、量子力学と一般相対性理論を統一する量子重力理論(超弦理論、ループ量子重力など)が模索されている。
まとめ
年代 | 研究者 | 発展段階 |
---|---|---|
1896年 | ウィーン | 放射スペクトルの経験則 |
1900年 | プランク | 量子仮説(黒体放射の説明) |
1905年 | アインシュタイン | 光量子仮説(光電効果の説明) |
1913年 | ボーア | 原子モデルの量子化 |
1924年 | ド・ブロイ | 電子の波動性 |
1925年 | ハイゼンベルク | 行列力学の量子論 |
1926年 | シュレーディンガー | 波動方程式の導出 |
1927年 | ハイゼンベルク | 不確定性原理 |
量子論は、「黒体放射の紫外線破綻」を出発点として、物理学の常識を覆しながら発展し、現代の科学技術に不可欠な理論となった。
黒体放射の実験デザイン
黒体放射の実験では、黒体(理想的な放射体)に近い物体を用い、放射されるスペクトルを測定する装置 が使用されました。以下に、黒体放射の実験で使用された主要な装置や手法を説明します。
1. 黒体のモデル
実験では、完全な黒体(すべての光を吸収し、温度によって放射する理想的な物体)は存在しないため、人工的な黒体に近いもの を作成して測定が行われました。
(1)中空キャビティ(空洞放射)
- 最も一般的な黒体の実験装置は、中が空洞の金属球 を使ったもの。
- 内部に小さな穴を開け、その穴から放射される光を測定 する。
- 内部の壁が光を何度も反射しながら吸収するため、穴から出る光が黒体放射の特性を持つ。
- 材質:
- 鉄、銅、グラファイト(黒鉛) などが使われた。
- 内部を黒く塗ることで反射を最小限に抑える。
理由
- 空洞の内部で光が多数回反射することで、穴から出る光は黒体放射と同じ性質を持つ。
- これは「空洞放射(Cavity Radiation)」と呼ばれ、黒体放射の理論的な基準とされた。
2. 放射スペクトルの測定装置
黒体放射のスペクトルを測定するために、以下の装置が使われた。
(1)プリズム分光器 / 回折格子分光器
- 放射された光を波長ごとに分解し、強度を測定する装置。
- プリズム分光器
- ガラスや石英のプリズム を用いて光を屈折・分光。
- 回折格子分光器
- 回折格子(溝が等間隔に刻まれた鏡)を使い、より高精度に分光可能。
実験の流れ
- 黒体(中空キャビティなど)を加熱し、放射光を発生。
- その光を プリズムまたは回折格子 で分光。
- 各波長の光の強度を測定。
(2)熱電対(Thermocouple)
- 温度に応じた電圧を生じる金属素子。
- 赤外線領域の放射を測定するのに使用。
- 銀や白金を組み合わせた 高感度の熱電対 が使われた。
(3)ボロメータ(Bolometer)
- 放射エネルギーを吸収し、その温度上昇を測定する装置。
- 金属の電気抵抗の変化を利用して、放射エネルギーを測定。
- 特に 遠赤外線領域(低温の黒体放射)の測定に有効。
(4)光電子増倍管(Photomultiplier Tube, PMT)
- 20世紀以降、光の強度を高精度で測定するために使用。
- 可視光・紫外線領域の放射強度を正確に測ることが可能。
3. 黒体放射の実験の歴史
年代 | 科学者 | 実験・観測内容 |
---|---|---|
1859年 | キルヒホフ(Kirchhoff) | 「黒体放射の法則」を提唱(すべての波長を完全に吸収する黒体の放射スペクトルは温度のみで決まる) |
1896年 | ウィーン(Wien) | 短波長側の黒体放射の法則(ウィーンの法則)を発見 |
1900年 | レイリー&ジーンズ | 古典理論(レイリー・ジーンズの法則)を導出し、紫外線破綻が発覚 |
1900年 | プランク(Planck) | エネルギーの量子化を導入し、紫外線破綻を解決(プランクの放射法則) |
1920年代~ | 分光器技術の発展 | 高精度の分光測定が可能に |
1970年代~ | 宇宙観測 | 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が黒体放射に一致することが確認され、ビッグバン理論を支持する証拠となる |
4. 宇宙での黒体放射の観測
黒体放射の概念は、天文学や宇宙物理学 にも応用されている。
(1)宇宙マイクロ波背景放射(CMB)
- ビッグバンの名残として宇宙全体に広がる放射。
- 1964年にペンジアス & ウィルソン により発見され、黒体放射スペクトルと一致することが判明。
- 温度は 2.73K(約-270°C) で、理想的な黒体放射に極めて近い。
(2)恒星のスペクトル
- 太陽や恒星の放射スペクトルも黒体放射の法則に従う。
- 恒星の表面温度を求めるのに利用される。
5. まとめ
実験装置 | 目的 |
---|---|
中空キャビティ(空洞放射) | 黒体放射の基準を作る |
プリズム分光器 / 回折格子分光器 | 波長ごとの放射強度を測定 |
熱電対 | 赤外線領域の測定 |
ボロメータ | 熱エネルギーの測定 |
光電子増倍管(PMT) | 可視光・紫外線の高感度測定 |
黒体放射の実験では、中空キャビティを用いて黒体に近い放射を作り、分光器や熱電対で測定する方法が一般的だった。この技術が進化したことで、宇宙の成り立ちや恒星の温度測定にも応用されている。
黒体放射の研究が量子論の成立に直接つながったように、基礎研究の成果が新しい科学の扉を開く ことを示す好例である。
1. プランクの放射法則の導出
(1)黒体放射とエネルギー分布
黒体放射のエネルギー分布を説明するために、プランクは「エネルギーが離散的(量子化される)」という仮定を導入。
① 古典理論(レイリー・ジーンズの法則)
- 古典物理学では、黒体放射のエネルギー分布は 連続的なエネルギー状態 に基づいて求められる。
- しかし、これに従うと短波長(高振動数)で放射強度が無限大になる(紫外線破綻)。
② プランクの仮定
プランクは、次のように仮定することで紫外線破綻を回避した:
- 振動子(光を放出する原子や分子)のエネルギーは連続的ではなく、整数倍の離散的な値しか取れない En=nhν(n=0,1,2,… ) (hはプランク定数、ν は振動数)
- ボルツマン統計に従う確率分布を適用
- 振動子がエネルギー状態 Enにある確率は、ボルツマン因子で与えられる:
- P_n \propto e^{-E_n / kT} = e^{-nh\nu / kT}
- これを用いて、振動子の平均エネルギー を求める。
③ 平均エネルギーの導出
振動子のエネルギー期待値 ⟨E⟩は次のように求まる:
\langle E \rangle = \frac{\sum_{n=0}^{\infty} nh\nu e^{-nh\nu / kT}}{\sum_{n=0}^{\infty} e^{-nh\nu / kT}}この無限級数を評価すると、結果は:
\langle E \rangle = \frac{h\nu}{e^{h\nu / kT} – 1}④ プランクの放射法則
- 空洞内の電磁波のモード数と振動子の平均エネルギーを組み合わせることで、黒体放射のスペクトルを求める。
- その結果、プランクの放射法則 が得られる:
- I(\lambda, T) = \frac{2hc^2}{\lambda^5} \frac{1}{e^{hc/(\lambda kT)} – 1}
この式は、長波長(低エネルギー)ではレイリー・ジーンズの法則に一致し、短波長(高エネルギー)では指数関数によって発散を回避 している。
2. プランク定数の決定
(1)実験データとの比較
プランクは、放射スペクトルの実験データに自身の法則をフィットさせることで、定数 hを決定した。
- 当時の黒体放射実験(オットー・ルンマーやフリードリヒ・クルックスの測定)に基づき、h を調整。
- 実験データに最もよく合う値を求めた結果、プランク定数が導かれた。
(2)プランク定数の値
- 最初にプランクが求めた値:
- h≈6.55×10-34−34 Js
- その後、さらに精密な測定により修正され、
- 現在の公認値: h=6.62607015×10-34 Js
(3)プランク定数の物理的意味
プランク定数は、エネルギーの最小単位(量子)を表す基本定数 であり、現代の量子力学の基礎をなす。
3. プランクの放射法則とプランク定数の導き方の違い
項目 | プランクの放射法則の導出 | プランク定数の決定 |
---|---|---|
手法 | 統計力学・エネルギーの量子化 | 実験データとのフィッティング |
理論の基礎 | ボルツマン統計・振動子モデル | 実験的測定値 |
結果 | 黒体放射のスペクトル(波長・温度依存) | 基礎定数 hの数値 |
目的 | 紫外線破綻の回避と黒体放射の説明 | エネルギーの量子化の定量的確定 |
結論
- プランクの放射法則は理論的に導出されたが、プランク定数の値は実験データとの照合によって決定された。
- 放射法則の導出の過程でプランク定数が現れるが、その数値自体は測定データをもとに決められた。
- 放射法則の成立が「量子論の誕生」となり、プランク定数が「量子の基本単位」として確立された。