日本の金融市場が抱えるシステマチックリスク

日本の金融市場が抱えるシステマチックリスクを評価するために調査すべき項目は多くあるが、この文章では着眼点について記す。
円安の3つの国内構造
- 国内問題1|住宅ローン問題
- 日本国内の金融機関による、高リスク低リターンの貸し付け。主に国際金融市場のルールからかけ離れた超低金利、超長期の住宅ローンを継続し続けている
- 国内問題2|中小企業不良債権問題
- 中小企業向けの政府保証や再保険を組み合わせた超低金利、長期の融資政策と、それに伴う銀行のリスク増大、倒産件数、不良債権、ゾンビ企業の急増
- 国内問題3|日本円の対外流出問題
- 財務優良企業が無担保、無保証の低金利(プロパー)で調達した資金を国内投資ではなく、積極的にASEANや北アメリカへUSD建で積極投資していること。資本家が海外移住し、ドル建て運用益は日本円には戻さないこと。
円安の3つの国際構造
- 国際問題1|米政策金利の魅力の高止まり
- 米国金利が引き続き4.5%前後で高止まりしていることでアメリカ国債への投資が最も低リスクで合理的になってしまっていること
- 国際問題2|プライムローンレートの魅力の高止まり
- プライムローンレートは8.5%でハイイールドボンドやストラクチャードプロダクツが魅力的であること(日本のメガバンクはJPmorganやバンク・オブ・アメリカ、Citiなどのバルジブラケットが組成した融資案件に貸し付けするだけで大きな金利スプレッドを獲得できる。)新興国のGDP成長率よりも高い金利が期待できるので、新興国に投資するメリットがなくなっている。
- 国際問題3|日本のメガバンクの積極的なキャリートレードのサポート
- 米国企業(バークシャーハサウェイ、KKR、カーライル、ベイン)などによる米ドルを与信として日本円を調達通貨としたキャリートレードが増加していること(超低金利で調達された円で資本を取得し、低リスクで得られた株主利回りである純利益は最後米ドルに換金されて投資家に配分される。)
PPP(購買力平価)基準で見る円の価値は2025年2月19日時点で63-109円にもかかわらずなかなか円高要素がない相場となっている。
151.66(実勢相場)
109.08(PPP消費者物価)
92.58(PPP企業物価)
63.94(PPP輸出物価)
実需ベースの為替市場では円安が加速している理由は、今後の日本経済の大きなシステマチックリスクがグローバル投資家から警戒されているからではないかと推測できる。
円安の3つの国内構造
国内問題1|住宅ローン問題
以下は、リーマンショック前(2007年頃)のアメリカ、現在(2025年)のアメリカ、現在の日本の住宅ローン市場の比較。
項目 | リーマンショック前の米国(2007) | 現在の米国(2025) | 現在の日本(2025) |
---|---|---|---|
政策金利 | アメリカ約5.25% | アメリカ約4.5% | 日本0.5% |
住宅ローン金利 | 約6%~8%(主に変動金利) | 約6.67%(30年固定) | 変動:約0.4%、固定(フラット35):約1.9% |
年収レバレッジ | 年収の約5~8倍(DTI規制が緩い) | 年収の約4〜5倍(DTI規制厳格化後) | 年収の約10倍(高レバレッジ一般的) |
借入期間 | 主に30年(最大40年ローンも存在) | 最大30年が一般的(15~30年) | 最大35年(50年も可能) |
団信保証(死亡時の返済義務免除) | 無し(民間保険利用が一般的) | 無し(民間保険加入) | 有り(政府保証付き団信が一般的) |
主流ローンタイプ | 変動金利型が主流 | 固定金利型(30年) | 変動金利型が主流、フラット35(固定)も人気 |
日本の住宅ローンはリーマンショック前夜のアメリカよりも高リスク
- リーマンショック前の米国は高金利・変動金利型が多く、返済能力を超える借入が一般的。
- 現在の米国はDTI(返済比率)が厳しく規制され、レバレッジは大幅に低下。
- 一方、現在の日本では超低金利と政府保証(団信)により、米国より遥かに高いレバレッジが許容されており、これが将来的なバブルリスクを高める要因。
- 政策金利が0.5%にもかかわらず、住宅ローン金利は0.4%(政策金利より利率が低いという異常事態)
日本の住宅ローン市場は明らかにバブルである
日本のハウスメーカーは好業績で成長している企業が多いものの、グローバル金融ルールとはかけ離れた金利のもと成長が実現されているため、マーケットの需要と供給のルールが働いていない可能性が高い。このような状況で、家を買うことのリスク、またはハウスメーカーのマーケットに投資をするリスクは高いのではないか。
国内問題2|中小企業不良債権問題
2020年のコロナ禍を契機に、中小企業向けに大規模な救済策を打ち、政府保証や再保険付きの超低金利・長期融資を拡大した結果、銀行の融資リスクが増大している。この政策は本来倒産すべき非効率な企業(ゾンビ企業)の延命を促し、不良債権の増加を招いている。倒産件数は政策により表面的に抑制されているが、その分リスクは銀行に蓄積され、すでに将来的な金融システム不安の原因として顕在化している。
政府統計のバイアス
日本の中小企業の平均自己資本利益率(ROE)は、令和3年度(2021年度)の決算実績で8.29%、前年度より0.88ポイント上昇。業種別では、建設業が11.59%、製造業が10.70%、情報通信業が13.70%という(経済産業省)
しかし圧倒的にかけ離れた数字である。実感としては日本の中小企業の平均ROEは2-3%くらいしかないのではないか。M&Aで財務諸表を100社見たとしても、黒字な企業が5社くらいしかないほどの惨劇である。バイアスについての推測だが、
① 赤字企業の除外
実際には多くの赤字企業やゾンビ企業が存在が、経営が厳しい企業はそもそも調査に対応する余裕もなく、自然と除外され、結果として高いROE値になる可能性。
② 自己資本の過小評価
多くの中小企業はオーナー企業であり、保有不動産を簿価で仕訳していたり、経営者の報酬や退職金などで自己資本を抑える傾向があり、自己資本が実態より小さく表示されるため、相対的にROEが高くなる可能性。
③ サバイバーシップ・バイアス
調査に回答する企業や、信用調査会社のデータベースに登録される企業は比較的経営が健全で安定している傾向があり、「平均」として発表されるROEは市場全体の実態より高くなる傾向がある。
④ 異常値の影響
一部の非常に利益率が高い特定業種や企業が全体の平均を押し上げることがあります。特に、規模が小さい企業群では、突出した一部の企業が平均値を引き上げてしまいます。例えば大赤字のスタートアップは統計に回答をしないこともある。
これらについては統計自体が間違ってしまっていると情報の集めようがないので、肌感覚でしかないが、信用金庫、地方銀行、メガバンクと全てと取引をしているタナークにしてみれば、資本金5億円未満の中小企業で黒字の企業は現在2割くらいしかないのではないかと思うし、ROAで1%, ROEで2%くらいしか投資収益率がないのではないかと思う。もし日本企業の中小企業のROEが本当に8.29%なのであれば、GDPは増加しているはずで、平均基本給も毎年増えるはずである。しかしそのような事実はない。
国内問題3|日本円の対外流出問題
対外流出問題とは、日本国内の財務優良企業が政府や銀行の無担保・無保証の超低金利(プロパー融資)で調達した資金を、国内投資ではなくASEANや北米など海外へのドル建て投資に回している状況を指す。さらに、日本の富裕層や資本家の海外移住が加速し、海外投資による収益(ドル建て運用益)も日本円に戻されず、そのまま海外で再投資されるケースが増えている。例えば例を挙げるだけでもパッとイメージがつくだろう。
① ソフトバンクグループ(SoftBank Group)
- 日本の低金利環境下で巨額の資金調達を行い、その資金を米国企業やASEANのスタートアップへ積極的にドル建て投資しています。運用益もドル建てで得ており、必ずしも日本円に戻さない傾向がある。
② トヨタ自動車(Toyota Motor)
- 国内で低金利の資金を調達し、米国やインドネシア、タイなどASEAN各国に生産拠点を設立・拡張する投資を積極的に進めている。現地で得た利益をそのまま海外で再投資するため、日本国内への還流は限られている。
③ ファーストリテイリング(ユニクロ)
- 国内の資金調達を活用して北米・東南アジアで積極的に店舗網を拡大している。現地利益を現地法人で再投資するため、海外で利益が蓄積され、日本円に戻らない構造。
④ 三菱商事・三井物産など総合商社
- 低金利の円資金を調達し、ASEANや北米の資源開発やインフラ事業に積極的に投資。海外で得たドル建て収益はそのまま現地や別の海外投資に向けられ、日本国内へ還流されない。
ここについても、政府の統計で去年1年間の経常収支黒字額29兆円余と過去最大にとある(円が過去最大に買われたはず)なのに円安になったという背景には、ドル建てで入金した売上を、円建てで経常収支として表示しているからなのではないかと考えている。経常収支のうち、ドル建てがいくらで、円建てがいくらなのかは公式発表されていない。したがって、公開されている統計情報がない以上、この点についても深掘りをすることができない。
円安の3つの国際構造
円安の構造について、国際構造に起因する問題について、米政策金利の魅力と、プライムローンレートの高さによる機関投資家のボンド選好はわかりやすいので省く。
国際問題1|米政策金利の魅力の高止まり
国際問題2|プライムローンレートの魅力の高止まり
国際問題3|日本のメガバンクの積極的な円建てトレードのサポート
日本のメガバンク(三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行)は、米国の大手投資会社やプライベートエクイティファンド(バークシャー・ハサウェイ、KKR、カーライル、ベイン・キャピタルなど)の需要に対し、超低金利の日本円での社債調達や融資を積極的に資金を斡旋している。これが、米ドルを最終的な出口とする円建て投資、リターン時の円売りドル買いにつながる。安定した株主利回りを得た後、その収益(純利益)をドル建てに換金して米ドル圏の投資家に配分。この構造は、日本円の実需を弱め、長期的に円安圧力を高める要因となっているはずである。
ドル円の相場はあらゆる関連データはすべて集められない以上、どこまで情報を取得したとしても推測になってしまうが、国内、国際的な長期トレンドを踏まえた上で、自分の中でモデルを作りつつ、リスクヘッジ、資産の保全を第一に上手なポジショニングを見極めるべきかと思う。資産を保全しつつ、成長マーケットに資産の一部を配分することで、バランスよく資産は増えていくものである。